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校舎裏まで来てやっと仁がボクの腕を放す。
開放されたボクは一歩二歩仁から遠ざかる。
掴まれていた腕がまだ熱い。
ボクは仁の手の感触なくならないように、そっと上から自分の手を重ねた。
こんな女々しい部分がボクにもあったのか。
仁が何も言わずにボクを見るから顔が上げられない。
「さっきのは、悪口とかじゃなくて…」
下を向いたままボクはモゴモゴと言い訳を始める。
言い訳なんてした事なかったのに。
今はどうしたら仁に嫌われないでいられるか必死に考えてる。
「知ってる」
仁の予想外の言葉にボクは思わず仁の方を向く。
仁は笑っていた。
「な、なんで…?」
「最初からいたから知ってる」
仁は穏やかな笑みを浮かべ、混乱してるボクに言う。
「俺の為に怒ってくれてありがとう」
違う。
仁の為じゃない。
ボクの欲望が見透かされたようで怖かっただけだ。
「嫌われたと思っていたから嬉しかった」
そう口にする時、仁は初めて悲しげに顔を歪ませた。
違う。
嫌うなんてそんなことできない。
そう、言いたいのに言えない。
避けてた理由を言えないボクは仁の思いを知っても何も言えない。
「あのせいで」
仁の声が辺りを憚るものになってる。
あの時以来初めて仁が言う「あのこと」。
ボクの脳裏にまた仁の泣き声が鮮明に蘇る。
「男同士でもまだ肌とか見せるのが怖くて」
ドクンと大きく心臓が音を立てる。
やっぱりまだ怖いのか。
改めて本人の口から出た言葉に、ボクの心は大きく軋む。
…絶対絶対この思いは悟られてはいけない。
そう思うと、二人きりでいる今の状況が辛かった。
「でも、少しずつでも変わっていこうと思って」
暗く落ち込むボクと反対に仁の声は明るさを取り戻していた。
「浮島さんにも言われたんだ。
過去は変えられないけど、自分次第でこれからは変えられるって」
え…浮島さん?
暗く沈みこんだ心に仁の言葉がじわじわと侵食してくる。
「…浮島さんも知ってるの?」
「えっ!ううん。そうじゃないけど…。
いっ、いろいろ相談してるから」
ボクの嫉妬に染まった質問に、仁は耳を赤くして慌てたように手を左右に振る。
ボクの心はそれだけで急激に冷えていく。
――そっか、仁は浮島さんのことが好きなのか…。
ボクが今まで散々悩んできたことは、ただの空回りでしかなかった。
仁を怖がらせたくなくて泣かせたくなくて距離を置いていた間に、仁は好きな男を見つけていた。
男が好きなのかもしれないと、泣くほど恐怖していたあの仁が・・・。
今まで押さえ込んでいた思いが形を変えてボクから溢れてくる。
「へぇ、浮島さんのことが好きだから内緒にしてるんだぁ」
「えっ」
仁を傷つける汚い言葉が、次から次に口から溢れる。
「そうだよね。
好きな相手に昔レイプされた話なんてできないよね」
「そういえば、相手先生だったっけ?
仁って年上に弱いんだね」
「あ、もしかしてもうヤっちゃった?
トラウマ克服できて良かったね」
思ってもいない言葉の数々。
こんな事、自分でも言いたくないのに。
口に出すだけで自分の心も抉られるように痛いのに、意地悪な言葉を言い慣れてるボクの口は止まる気配さえない。
バシン!
突然頬に衝撃が走る。
仁に叩かれてボクの馬鹿な口はやっと動きを止める。
「そんな風に思ってたんだ」
仁は泣いていた。
「どんな俺も嫌いにならないって言ってくれたの嬉しかったのに…。
マックスなんて最低だ!」
ボクは頬の痛みを抱えながらただ仁がボクに背を向けて去っていくのを見守る事しか出来なかった。
気がつくと雨が降っていた。
冷たい雨がボクの涙を流していく。
天が泣くことさえも許さないでいるような気がした。
降りしきる雨を見ながら、頭の中はさっきの仁の泣き顔がぐるぐる回る。
あんなに泣かせたくなかったのにボクが泣かせた。
あんなヒドい事を言ったら、もう友達にも戻れない。
絶望感がボクを責める。
さっきの言葉、仁はどう思っただろうか?
嫌な過去を告白した友人にそれを馬鹿にされる。
そんな酷いことをボクはしたんだ。
仁の言うとおりボクは最低だ。
もう、これが最後なら仁を傷つけたままにしたくない。
もう、友達にさえ戻れなくてもさっきの言葉を謝りたい。
その一心で雨の中をもう見えなくなった仁の背中を追いかけた。
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