第五章1
「影野サン、最近明るくなったよね」
部活が終わって部室には一年四人とボクだけ。
普段だったら会話に入るところだけど、仁の話題なので入るに入れず、気になりつつもボクは独り着替え続ける。
「そうッスか?」
少林の言葉に首をひねる壁山。
「お前まだ影野サンのことビビってんのか。
いい加減怖がりすぎだろ」
宍戸が呆れたように笑う。
「そうでヤンスよ。
影野サンは雑用もすすんでやってくれるし、第一親切でヤンスよ」
「そうそう、最近特に気配りがすごいよ。
なんていうか、前より前向きな感じ」
栗松と少林が二人一緒に褒めちぎる。
一年も気づくくらい最近の仁は前向きだ。
前は頼めば何でもしてくれたけど、裏を返せば言われるまでは何もしなかった。
でも今は自分から声をかけて進んで何でもやっている。
…ただそれが、あのオッサンの影響だと思うと素直に喜べない。
「そういえば、この前河川敷で影野サン見たぞ。
なんか技の練習してた。
ほら、あの影野サンそっくりのOBの人と一緒に」
なんとか名前を思い出そうとしている宍戸に少林が得意げに指差す。
「浮島さん!」
「そうそう、その人」
宍戸も手を叩いて少林を指差す。
…出た。
今一番聞きたくない名前。
浮島さん。伝説のイナズマイレブンの一員。
あの練習試合以来、何があったか知らないけど仁はすっかり浮島さんに懐いてしまっている。
未だ感情を抑えきれないボクは、それを遠くからただ黙って見ている事しかできない。
「あの人、ああ見えて本当はすごいイケメンらしいでヤンスよ。
昔はすごいモテたって聞いたでヤンス」
「へー、そんな風には見えないね」
けっ、今はただのむさくるしいオッサンじゃねーか。
栗松のどこから聞いてきたのか謎のプチ情報に感心する少林と心で悪態をつくボク。
「じゃあ、もしかして影野さんもイケメンだったりするッスかね?」
「どうだかなー?」
「モテるって聞いたことないよ」
「誰も顔見たことないでヤンスもんね」
壁山の言葉にやいのやいの言う一年。
仁の顔を誰も知らない様子にイラだっていたボクの心は優越感で少し落ち着く。
…宍戸の言葉を聞くまでは。
「イケメンかどうかは知らないけど、影野サンてこう、やけに色っぽいことないか?」
宍戸の言葉に、ギュウッと心臓を直接押されたような気がした。
「えー、何いってるでヤンスか」
栗松のバカにしたような口ぶりに宍戸はむきになって言う。
「あの人、着替えるときロッカーの影で隠れてするだろ?
後姿でこう長い髪からチラっと白い肩とか見えるとなんか女の人みたいで…!」
宍戸の言葉は最後まで聞けなかった。
かぁーッと頭が真っ白になったボクは、気づいたら丁度履き変えていたスパイクを宍戸目がけて投げつけていた。
スパイクは宍戸のアフロに見事クリーンヒットして落ちる。
「うわっ、急に何するんですか!?」
後頭部にスパイクの一撃を受けた宍戸が振り向いて怒る。
「エロガキ!
んなこと考えるなんて、体力有り余ってんじゃね!?
練習もっと真面目にやれよ、コラァ」
でもボクは宍戸以上に頭に血が上っていた。
「つーか、部室でそんな話してんじゃねーよ!
お前さぁ、仁がいたらどーすんだよ!?
アイツ気配消すの上手いから、いないと思ってもいたりすんだよ!!」
口汚い言葉で罵りながら宍戸に近づいたボクは肩を強くどついた。
「今だっているかもしんねーだろ!?」
「…誰が?」
「だからぁ…!」
そこまで言って気づく。
今の声は…。
「仁!?」
「誰がいるかもしれないの?」
ボクの後ろに仁が立っていた。
「いつからいたの!?」
「マックスが俺の悪口、一年に力説してるとこから」
仁が静かな口調で言う。
お、怒ってる…?
「ちっ、違う!悪口なんか…」
ボクは慌てて訂正した。
でもなんで怒ったかまでは言えなくて結局尻すぼみになってしまう。
ボクは腹いせに宍戸を睨む。
「マックス、ちょっと来て」
仁がボクの腕をつかむ。
ドキッとして振りほどこうとするけど、怒ってるらしい仁にさらに嫌われるのが怖くて思い留まる。
呆気に取られている一年を置き去りにして、腕を掴まれたまま校舎裏まで行れていかれた。
ボクはついに思いを自覚してから初めて、ついに仁と二人きりになってしまった。
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