3



屋上は当たり前だけど誰もいなくて、空がどこまでも青くて気持ちよかった。


「心配しなくても仁の分もちゃんと用意してあるから」

いそいそと自分の分の弁当と朝、コンビニで買っておいたペットボトルとお菓子を取り出す。


「あっ、もう弁当温かくないや」

まだ一限目だけど朝錬の前に作られた弁当はもうすでに温かさを失っていた。
仁は弁当を広げ始めたボクの隣に仕方無さそうに座る。

ボクは箸を咥えたままペットボトル二本を仁の顔の前に出す。


「ほっちがいい?」

ボクの手にはお茶とカルピス。
もちろんカルピスは自分用だ。
仁は無言でお茶に手を伸ばす。


「らめ!!」

でもボクはその手を華麗にかわす。

「これが欲しかったら『お願いしますマックス様、自分めにお茶をください』って言って」

普通にしゃべったら箸が口から転がり落ちた。
仁はボクの言葉に口をへの字に歪ませると、あろう事か無言でカルピスに手を伸ばす。


「ちょっ!カルピスはマジ駄目だって」

ボクは慌てて仁の手からカルピスを死守する。
「じゃあどうすればいいんだ」っていう仁からの無言の訴えに、ボクは仕方なく隠し玉だった代替案を持ち出した。


「あ〜、もう。
じゃあ今日からマックスって呼ぶこと!
それで我慢するから!」

そう言って、ん。と、顎を少ししゃくる。

「…今?」

仁は耳だけ赤くして口ごもる。

「そ。今」

ボクがきっぱり言うと、仁は少し躊躇した後、

「マックス」

と、顔を赤くしながらいつもより大きな声でボクを呼んだ。


――初めてボクをマックスと呼んだ。


「よくできました」

ニヤけた顔を下を向いて隠し、ペットボトルのお茶をぐいっと仁に押し付ける。
いつまでも顔の赤い仁は、受け取ったお茶をすぐにごくごくと飲みだした。
ボクも笑いが込み上げてきて、それを誤魔化す為にカルピスの蓋を開けた。



弁当と今日初めて見つけた期間限定のポテチを食べ終わったボクは、満腹感とお日様のポカポカ陽気とですっかり眠くなっていた。

昨晩はよく眠れなかったから、この陽気はヤバい。

誰かに秘密を告白されたのも初めてだったし。
すぐ考え込んじゃう仁が一晩考えて、やっぱりボクと距離をとったらどうしようとか、
ついつい考えてたらなかなか寝れなかった。
しかも寝たら寝たであんな夢見て寝坊しちゃうし。
朝錬でいつもどおりのペースにボクのほうから一方的に巻き込むつもりだったのに遅刻して話す暇さえないし。
昨日練習サボっちゃったから朝錬やりたくて朝ごはん抜きだし。

朝から本っ当最悪だった。


でも、まあいいや。

ボクはゴロンと寝転びながら仁を見る。

こうして今一緒にいるし。


ふぁ〜とあくびが一つ。

「眠いの?」

「うん」

目を擦りながらボクがごそごそと寝るのに丁度いい体勢を探した。

「寝るの?」

「うん」

「もうすぐ一限終わるよ」

仁てばなんだかお母さんみたい。
完全に寝に入ったボクはふわふわしながら応える。

「いい。昨日あんま寝てないから寝る」

「…そっか」

あー、なんか嬉しそう。
ボクが寝る寸前に見た仁は微かに微笑んでいた。



なんだか肌寒くて目が覚めると体中がギシギシと痛んだ。
ボクは座ったまま大きく伸びをすると、すぐ横で眠る仁が見えた。

ボクは仁は二限目から授業に戻るとばかり思っていたから、ボクのほうを向いて長い手足を丸めて横向きで寝ている仁を見て、びっくりもしたけどそれ以上に嬉しかった。

昨日あんなにボクに泣いていたのが嘘みたいだ。

ボクはすぅすぅと寝息をたてて寝ている仁に、昨日聞いたことが全部終わったことのように感じていた。
ボクはハッピーな気分で仁を起こそうと手を伸ばす。


肩に手が触れるその寸前、仁が寝返りを打つ。


きつく寄せられた眉
微かに漏れる声


その姿はボクに昨夜の夢を思い出させた。


ボクの胸に黒いモヤモヤとした闇が広がる。
ボクはその黒い闇がボクの心の中で形を成していくのが怖くて、追い払うように大きく首を振る。


「仁!」

触れるのがなんだか怖くてわざと大きな声を出す。

「…何?」

寝起き特有の掠れた声で仁から返事が返ってくる。
簡単に起きてくれたことにほっとしてることを隠す為にボクは下を向いてポケットを探る。
ポケットの中にはケータイぐらいしかない。
ケータイをだして見るともう十一時を過ぎていた。

「いっぱい寝ちゃった」

「本当だ」

ケータイを覗き込んだ仁が呆れた声で言う。
なんでだろう?
仁との距離がよく分からない。
肩が触れるぐらいの距離って近すぎるんじゃないっけ?
こんな事考えちゃうならケータイなんか出すんじゃなかった。


「あーぁ、三限体育だったのに。
もっと早く起こしてよ」

ボクはドクドクと早くなる鼓動を無視して仁の肩に自分の肩を軽くぶつけた。

「そんなの知らないよ」

仁が困ったように笑う。


ほら、大丈夫。

もう、大丈夫。


さっきの黒いモヤモヤなんてもうどこにも無い。
ボクは黒い闇が決してなくなったわけではないことに気づかないふりをして笑う。


「ねえ!お昼ご飯、何食べよっか?」

「まだ食べるの!?」



 

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