予想外の告白



「初めて俺がお前に会った日のことを覚えているか?」

シャドウ先輩がほんの少しだけ腕の力を緩めて、俺の髪の間に指を潜らす。
慈しむような瞳でゆっくりとシャドウ先輩は俺の問いに答えはじめた。


「杉森と共に雷門のサポートチームを作る為に、ここへ挨拶に来た日の事だ。
お前はあの小さな一年と共に病室の窓際のベッドで談笑していた」

少林の事?
シャドウ先輩は俺がすっかり忘れてしまったような事まで事細かに覚えていた。


「明るい赤毛が日に透けてキラキラしていた。
そばかすも細身の体も屈託の無い笑顔も、明るい陽の元に相応しい輝きに満ちていた」

シャドウ先輩の目が懐かしむように細められる。
シャドウ先輩の口から出てくる俺の姿は、なんだか俺自身が知ってる俺よりも何倍も素敵な人間に感じてしまって居たたまれない。


「だがそんなお前も俺の姿を見た途端、息を呑んだように固まっただろう?
太陽が雲に隠れたように、急に翳った様子はなんとも言えないぐらいゾクッとした。
俺に怯えて輝きを失うんだ。
元が輝いていればいる程、翳った後は同じ闇でも暗さを増して感じるものだ。
……一目でお前を気に入った」

さも当たり前の流れのように言葉を続けるこの人に、俺はまた背筋に冷たいものを感じてしまう。

この人…、生来のサディストなんだ。
そしてそんな自分を疑問に思う事さえしていない。
それが当然って思ってる。
今までのこの人の行動に漸く少し納得する。

どうしよう、俺はこんな人に目を付けられていたんだ。
人が怯えて恐怖している姿に興奮するような変な人に。
俺は確かに壁山程じゃないけどビビリだし、根っからのお調子者ですぐ調子に乗っちゃうから虐めたくなるキャラなのかもしれない。

だからって俺は虐められて嬉しいマゾじゃない。
こんなの、こんなの…。


やっぱり怖いよ。


この人は俺を虐めたくて近づいてきたんだ。
虐められたらやっぱり嫌だし、何をされるか分かったもんじゃない。
この人少し変わってるし、現に今までだって怖くて堪らなかった。
人に、――それが例え同性でも、こうやって好意を向けられるのはそりゃ嬉しいしドキドキもするけど、
それでもそれ以上に恐怖が勝っていた。

どうやってこの場から逃げよう…。

俺はがっちりと掴まれたままの肩に視線を投げながら、無い頭で逃げる方法を考え始めた。


「だが、それだけだったらここまでお前に執着しなかった。
太陽のよう、と称されるような明るい人間は他にも沢山居る。
うちの部のキャプテンなど、その最たる者だろう?」

続きがあると思っていなかったシャドウ先輩の言葉に、フル活動していた俺の思考回路が徐々にその活動を緩めていく。
シャドウ先輩へと、俺の意識が戻っていく。


「それに俺に怯える人間も、同じように沢山居る。
俺のこの常人と異なる雰囲気に怯え、嫌悪した人間は今まで沢山この目で見てきた。
もうそうやって忌避すべき者として見られる事に慣れてしまった」

何…?
まだ俺に何かある…?

もう俺の心は無理だと判断したはずなのに、途切れる事のないシャドウ先輩の言葉に何故だか惹かれていく。
俺の何がこの人の琴線に触れたのか知りたくてしょうがない。

ドキンドキンと心臓が早く逃げろと煩いぐらいにアラームを鳴らしている。
「逃げたいなら聞くな」と告げている。


でも、俺の脚は一歩も動かない。
俺を愛おしそうに見つめるシャドウ先輩の瞳に射竦められてしまってる。


「でも、お前にはそれが無かった」

「お前は俺に心の底から怯えていた。
それなのに、俺に対して嫌悪の感情は一切抱いて無かっただろう?」

「初めて会ったお前から感じたのは怯えと、それと同量の憧憬。
嫌悪の混じっていない恐怖があんなにも心地いいものだと初めて知った」

「人から嫌悪されるのが本当は嫌だったんだと初めて気付かされた」

なんで…。
なんでそんな寂しそうに笑うんだ。
たったそれだけで、動かないのは脚だけじゃなく全身になってしまう。


「お前は不思議だ」

「どうしてあの時、あんなに怯えていたのに俺が怖くなかったんだ?」

どくん、と。
あの日、初めてこの人にあった瞬間が甦ってくる。

ああ、どうしよう…!


「どうして今も俺が怖くてしょうがないのに俺を嫌わないんだ?」


俺だって十分変な人間じゃないか。
この人を変態だと罵る権利なんてない。


――あの日、俺は初めて会ったこの人に見惚れてしまった。
禍々しい程綺麗なこの人の顔に。


「俺…」

「俺、綺麗なものが好きなんです。
……こんな不細工なのに、可笑しいですよね?」


俺は恥ずかしくて泣きそうだった。
泣いたらもっと不細工になるから俺は笑った。

でも、シャドウ先輩は笑わなかった。
そうか、と呟いて考え込んでしまった。


本当にこの人は変わってる。
でも、少しだけ恐怖が和らいだのはなんでだろう。

何ら状況は変わっていないのに、逃げる気が失せたのは、なんでだろう。

 

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