理解不能な相手



「ッふ…ゃ…や、だ…っ」

一生懸命身を捩っても、シャドウ先輩は少しも離れていかない。
それどころか身を揺すると頭を抑えている手の存在をより感じてしまう。

少しの隙に拒絶の言葉を言っても、幸いとばかりにその隙間から何か蠢くものが這いってきて俺から言葉を奪っていく。


すぐ目の前にはシャドウ先輩の瞳がある。
それは昏く輝いていて、俺のどんな些細な行動さえ見逃さないとしているようだった。
まるで足掻く虫を観察している子供のように残酷で、それでいて楽しそうな瞳。

なんてことをしたのだと、自分が隙を見せてしまった事に今更ながらに後悔の念が湧き起こる。



暫くしてシャドウ先輩が満足そうに離れた時、俺はもう抵抗する気力さえ失っていた。
もしかすると抵抗しなくなったから興味が失せたのかもしれないと、ぼんやり思った。

「な、何で…?」

俺はこの得体の知れない人物にどうしていいか分からず俯く。
まだ俺の体に絡み付いたままの腕が、俺から逃げようと思う事さえ封じていた。


――…俺はただ、安らげる場所が欲しかっただけなのに。
ただそれだけだったのに、どうしてこの人は俺の想像を易々と超えた事をしてくるんだ!?


シャドウ先輩の腕は俺の体に隙間のない程絡み付いていて、俺は身動きが取れない。
もう逃れられない…、その思いが俺の心を絶望で染める。


「…ああ!俺を喜ばせようとしているのか?
そんな可愛い顔をしなくとも、お前の事は大切にする。…神に誓う」

それどころか俺の絶望にシャドウ先輩は歓喜の声を上げる。


分からない。
この人が何を考えて、こんな事をしているのか。なんでこんな事を言い出すのか。
やっぱり嫌がらせなのかな。
俺が好きとかそういう理由ならこんな事言い出さない。

俺が絶望で真っ暗なのが、嬉しいなんてそうに決まっている。


「すみませんでしたぁ…」

「?」

俺の言葉にシャドウ先輩が怪訝そうに眉を寄せる。
でももう、そんな事知ったことか。
俺はもうこんな事、耐えられない。


「俺、何かシャドウ先輩の気に障るような事しちゃったんですよね?
俺、すぐ調子乗っちゃうし。
変なこだわりとかいっぱいあるし。
俺、謝ります!
シャドウ先輩の気がすむんだったら、俺、土下座でもなんでもします!
だから、だからもう…っ」

ただこの人が分からなくて。
だから怖くて仕方無かった。

俺を悲しませないって言ったそばから怯えた顔が可愛いとか。
あんな事してきたくせに俺の事大切にしたいとか。

本当、意味が分からない。
理解出来ない。
怖い。怖い。怖い。


「俺に関わらないで下さい…っ!!」


それは俺の心からの叫びだったのに。
それなのに一顧だにされなかった。


「それは無理だ」

シャドウ先輩はいつもの表情のまま、俺を見下ろした。

「さっき言ったはずだ。お前は俺のものだと」

「お前はお気に入りの玩具を箱に入れたまま放置出来るか?」

「遊ぶも壊すも自分次第なのに?」

「こんなにもお前は俺の理想そのものなのに?」

「ずーっと、ずっとただ眺めているだけだった存在が、やっと手に入ったと言うのに?」

な、なに…?
シャドウ先輩の声がどんどん大きくなっていく。
こんなの…、常軌を逸してる!


「初めて話した時から、お前が好きだったんだ…。
もうこれ以上…、我慢なんて出来ない…!」

「…ッ!」

…抱き締め、られた。
なんで?
なんでこの人は、こんな俺にこんなにも執着するんだろう。
ぎゅうっと体に廻る腕も、切ない叫びも疑いようも無い程、俺が好きだって伝えてる。

やっと聞けたシャドウ先輩の行動の理由。
ずっと推測ばかりでモヤモヤしてた理由。
それでも今までの行動や言動に俺は素直にその言葉を信じる事が出来ない。
「好き」って言葉を受け入れられない。



「どうして…?
どうしてですか…?
俺なんて不細工でサッカーだってそんなに上手い訳でもないのに。
どうしてですか!?シャドウ先輩が俺のどこが好きか俺にはさっぱり分かんないです!!」

怖くて、でも切なくて。
もう俺はどうしていいか分からない。
突き飛ばして逃げるべきなのか。
それともこのまま目を瞑ってこの激流のような想いに流されてしまうべきなのか。

どちらが本当の俺の願いなのか。


それさえ分からなくて、俺は訊ねた。
どんな答えが返ってくるかなんて予想も出来ない。
どんな答えなら俺の本当の願いが分かるかなんて知らない。

でも、それさえ聞ければ、少しはシャドウ先輩が理解できる気がした。

 

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