絡め取られる



「ああ、そんな顔をするな。
お前を悲しませたい訳じゃないんだ」

後頭部に回った手とは逆の手でシャドウ先輩が俺の頬に触れる。
俺のそばかすだらけの頬に。

その手はさっきまで運動をしてたというのにひんやりと冷たくて、
それなのに俺の頬の上をまるで貴重なものに触れているかのような繊細な手つきで撫でている。


――…なんで、なんでこの人は俺をこんな大切そうにするんだ。


「お、俺、本当の事言ったのに、皆、
…宍戸なんかって、…自意識過剰だって。
俺、本当の事しか言ってないのに信じてくれなくて…っ」


――…なんで、なんで俺はこの人にこんな事べらべらとしゃべっているんだろう。


自分でもなんでこんな事を言ってるのか分からないけれど、限界までキリキリと細く張り詰めた緊張の糸が一度切れてしまうと自分でも止められなかった。
意味不明だって分かっていても頭に浮かんだ事が勝手に次から次へと口から零れ出ていく。

そして、シャドウ先輩もそんな俺を大事そうに見つめたまま止める事はしなかった。


「栗松や少林がそう言うのを責めたい訳じゃない!
俺だって二人から同じような相談受けたら、同じ事言うと思うし。そんなのお互い様なんだ。
今までだって同じようにモテなくてダサくてそういう同じようなランクのヤツと一緒に居るのが楽で変に気取らなくていいから楽しくて!
そんな風にお互いが思ってるのなんて知ってる!
でも、こうやって実際に誰かから好意を向けられて自分でも戸惑っているってのに、それを頭ごなしに否定されて!
俺なんかって自分でも思ってるのに皆からも言われて!
そんな事言い出す俺の方が変なんじゃないかって思われてるような気がして…。
だから俺、それ以上誰にも何も言えなくて…っ!
一人で、どうしていいか分からなくって…っ!
俺…、俺…、こ、わ…っ」


最後には感情が高ぶって泣き出した俺をシャドウ先輩が抱き寄せる。
背中に回った手は、俺を落ち着かせようと優しく上から下へと撫でていく。
ユニフォーム越しに感じるその手は、冷たさを感じさせず優しさだけを俺に伝える。


「ふっ…ぇ、シャ、…ドゥ先、ぱ…」

顔を上げると、ほんの少しだけど優しい表情を浮かべたシャドウ先輩の顔がある。
その瞳には、泣いてさっきより醜くなった俺の顔が映る。
シャドウ先輩の目はこんなに不細工な俺を見ているというのに、シャドウ先輩の顔は愛おしいものを見ているように優しい。

「大丈夫だ。
俺はお前を悲しませるような事はしない。
だから、ほら…」

おいで?と。
言われた気がした。


俺はずっと誰にも言えなくて。
言っても理解してもらえなくて。
ずっと一人で、この異常な状態に対峙しなくちゃならなくて。
ずっと、ずっと…。

――…誰かに大丈夫だよって守って欲しかった。


見上げるシャドウ先輩の顔には俺を傷つける悪意なんて全然無くて。
大丈夫って。俺を悲しませないって。
さっきから何回も言ってくれて。
俺の話もちゃんと聞いてくれた。

……この人なら俺を守ってくれるって思えた。

だから。
それは俺の意思。


だから、ほら…と口の端を微かに上げたシャドウ先輩のユニフォームの裾を、俺はきゅっと掴んだ。
直接触れる勇気の無い俺の、それは精一杯の一歩。
くしゃりと皺の寄ったユニフォームはシャドウ先輩らしくなくて、なんだか俺が触れたせいで俺の醜さが移ったみたいだった。
俺はそれがまた怖くなって、急いで掴んだ手を離す。

でも、離した時にはもう遅かった。


「…捕まえた」

ぐるりとシャドウ先輩の手が俺の周りを囲む。
え?え?と思った時には、もう俺はどこにも逃げ場がなくなっていた。
シャドウ先輩の腕が俺の体に絡みついて身動きが取れない。


「…もうお前は俺のものだ」

呆然と見上げたその顔は、恍惚で歪んだいた。


――…俺への愛おしさでその綺麗で人間味の無い顔が紅潮して蕩けていた。


どくん。と胸が高鳴った。

そんな顔をさせているのは自分なんだ。って思って、
…また、とくん。って高鳴る。


「…お前はずっと俺の傍に居るんだ」

命令さえ、なんだか心地よく聞こえてきて。
俺ははぁっと吐息を洩らす。


「そして俺にその可愛いらしい顔を見せるんだ」

シャドウ先輩が俺の顔を固定する。
そんな事しなくても俺は今まで見た中で一番綺麗なシャドウ先輩の顔に釘付けなのに。
ゆっくり近づいてくる顔を、俺は瞬き一つ出来ずに見つめる。


「…その可愛く怯えた顔を!」

冷たい唇が重なった瞬間、俺の頭が一気に醒めた。


――…俺が悩んでいたのも。
   俺が一人で傷ついていたのも全部!

この目の前の人のせいなのに!!


俺は一時の激情で自分からその腕の中に飛び込んでしまっていた。


 

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