抉じ開けられた心



「こっ、来ないで下さいっ!!」

俺は完全に戸が閉まってしまう前に叫ぶ。
薄暗い中で得体の知れないこの人と二人っきりになるのが途轍もなく怖かった。


「何故だ?傍に寄らなければお前を助ける事が出来ない。
・・・お前に触れる事も出来ないじゃないか」

それなのにシャドウ先輩は意にも介せず俺に近づく。
ドアがパタリと小さな音を立てて完全に外の陽を遮ってしまう。

急に暗さを増した部室に俺は一気に背筋が凍る。
なんとかして近づいてくるシャドウ先輩を止めたくて持っていたストップウォッチを投げつける。


「来んなっ!!」

咄嗟に投げたストップウォッチはシャドウ先輩の顔に当たって落ちた。
当たる瞬間顔を伏せたシャドウ先輩がゆっくりとまた俺に視線を戻す。
綺麗な作り物みたいな顔に赤い筋が走っている。

どんなに激しい運動をしても汗さえかかないシャドウ先輩の、初めてみる人間らしさにこんな時だというのに胸がざわめく。


「…もしかして俺が来るのが遅かったから怒っているのか?
それとも最近なかなか二人きりになれなかったから拗ねているのか?」

少しの反省もシャドウ先輩の言葉ですぐどこかへ消える。

「なんだよそれっ!!んな訳ねーだろっ!?
アンタと二人になるのが嫌なんだよっ!!
アンタに触られるのが嫌で怒ってるに決まってんだろうがっ!!」

俺が怒鳴るとシャドウ先輩の顔がぴくりと歪む。
さっき顔にストップウォッチが当たった時には微塵も変わらなかった顔が俺の言葉にぴくりと反応したのだ。
普段あまり変化の無いシャドウ先輩が俺の言葉に反応した事に驚いて固まってしまう。


「…嫌だったのか?」

は?
俺は帰ってきた言葉に思わず耳を疑う。

「お前は嫌だったのか?
俺に触れられて、お前は嫌だったのか?」

そう言うシャドウ先輩の顔は訝しげで、ほんの少しだけ悲しそうだった。


――……本当に、気づいて無かったのか?この人は。


激昂していた怒りがスーっと抜けていく。
その代わり俺の中に涌いてきたのは苛立ち。

この人には言葉が通じない。
この人は俺と同じ常識の中で生きていない。
ちゃんと言葉にして主張しないと、この人には伝わらないんだ。
俺は苛々としながら言葉を紡ぐ。
目の前の異邦人にも分かるようにはっきりと。


「嫌に決まってるじゃないですか。
理由も言わずただ触られて嬉しい人間なんてこの世にいません」

シャドウ先輩は本当は人間じゃないから理解できないのかもしれない。
俺は苛々としながらもなんとか敬語で先輩に告げる。
本当に俺が嫌がっているとシャドウ先輩が気づいてなかったとしたら、もしかしたらこれで嫌がらせも止むかもしれないと一抹の期待を抱きながら。
そしたら先輩と関係を悪化したままなのは拙いと頭の片隅に残った理性が告げたからだ。

でも俺は理性を総動員して穏便に済まそうとしているのに、この人には通じていないみたいだった。
シャドウ先輩は俺の尖った声にも気づいていないみたいに、再び前進を始める。
・・・また俺に近づいてくる。


「なら何故、お前は俺に嫌だと告げなかったんだ?」

近づいてくるシャドウ先輩はさっき一瞬見せた動揺なんてもう微塵も無い。
頬の赤い傷だけがシャドウ先輩を人間に見せている。

その黒曜石のような深い闇を湛えた瞳を俺に向け、ゆっくりと俺に近づいてくる。
・・・まるで俺の心の奥底にある本当の想いを見極めようとするかのように。


「何故、誰にも助けを求めなかったんだ?」

髪の間に手を入れ、俺の頭をシャドウ先輩が引き寄せる。
もっと近くで俺の本音を見極めようとしている。


「お前の傍には仲間が沢山居るだろう?」

至近距離で見たシャドウ先輩の顔は綺麗で、本当に俺と同じ人間かと疑ってしまう。
髪も瞳も肌も、顔の造作のひとつをとっても俺とは全然違う顔。

・・・俺とは全然違う、綺麗な綺麗な顔。


「…ああ。
言っても本気にされなかったのか」

シャドウ先輩の瞳の中で俺が醜く顔を歪める。
シャドウ先輩の顔の中で瞳の中の俺だけが不釣合いな程醜かった。


「…男同士だからか?」

俺は目を瞑り、耳を塞いだ。
・・・もうそれ以上、シャドウ先輩の声を聞きたく無かった。
瞳の中の不細工な俺を見ていたくなかった。


「・・・それとも『お前』だからか?」


それなのにシャドウ先輩の声は俺に届く。

勢いよく俺の中に突き刺さり、俺の心をズタズタにしていく。


俺はシャドウ先輩の手が俺の背中に回るのを止める事はもう出来なかった。


――……だって「何故?」と問われて初めて気づいてしまった。



シャドウ先輩の見ている現実こそが真実だと…。


 

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