閉ざされた世界



あの日、俺はシャドウ先輩を突き飛ばして逃げた。

――……初めて見るシャドウ先輩の意外な一面に見とれて危うく捕まりそうになる前に。


あれ以降、俺は極力一人にならないようにしていた。
いつ、どこで、あの人が俺を見ているか分からない。
まさかというような時でも俺は一人になる事を恐れた。


――……だって次はあの人から逃げられる自信が無かったから。



だからその日、風丸先輩に部室に予備のストップウォッチを取りに行くよう頼まれた時体が竦んだ。
当然部活にはあの人が居る。
今は傍に居なくても、こちらを見ていなくても、俺が練習から離れて一人で部室に行った事などすぐ伝わる。


「か、風丸さん!…俺、…俺っ!」

それがどうしても怖くて、俺は風丸さんを引き止める。
振り返り訝しそうな風丸さん。

「ん?どうした宍戸」

俺の挙動不審な行動に風丸さんは少し驚いて訊いて来る。
風丸さんが驚くのは当たり前だ。
だって風丸さんが頼んだのは極簡単な用事だ。
誰だって出来る雑用だ。
後輩の俺が断るなんて思ってもいないんだろう。

・・・しかも「男のストーカーが怖いから」なんて理由で。

俺は驚いて俺を見る風丸さんになんて言っていいか分からない。
本当の理由なんて口が裂けても言えやしない。
咄嗟に他の良い言い訳なんて思いつくはずもない。

俺は結局何も言えず俯く。


「な、何でも無いです。…急いで行ってきます」

そしてそのまま俺は走り出す。
風丸さんの反応が怖かったし、少しでも早く誰にも気付かれない内にこの場に戻ってきたかった。

この明るく陽のあたる場所に。



誰も居ない部室で、俺は焦ってストップウォッチを探す。
早く早く、あの人が来ないうちに…!と気だけが急いていく。
ブルブルと震える手で小物が入っている戸棚を漁る。
奥の方に入っていた予備のストップウォッチを取り出そうとして、
焦った俺は無理矢理腕を押し込む。

がくっと傾く引き出し。
あっと思う間も無く、中身をぶちまけながら引き出しが落ちる。

音の無い部室にやけに響く落下音。
それはまるで死刑宣告。
俺は声も無く宙を見上げる。

そこには当然太陽なんてない。
あるのは薄汚れた天井だけ。
光が射しているのは空じゃなく俺の背後から。


――……ああ、もう駄目だ。


俺はゆっくりと後ろを振り向く。

当然のように陽の光を背負ってあの人がそこに居た。


「待たせて悪かった」

あの人が俺を見てゆっくりと目を細める。


「ああ、お前は俺が付いていないと駄目だな」

太陽なんて微塵も似合わないのに、まるで太陽がそこにあるような眩しそうな顔。


「俺が来たから、もう大丈夫だ」

そしてあの人は戸を閉める。


――……本物の陽の光があの人の手で遮られていく。


ここは薄暗くて泣きそうになる。
ああ、俺はついにあの人と二人きりになってしまった…っ!


 

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