抑えられない想い



――その日、俺は油断していたのかもしれない。
・・・でも、仕方無いと思う。



だってあの人が俺の事をいつも見ているなんてその時まで知らなかったんだ……。




「えー、俺がこれ持ってくんですかぁ!?」

「他に誰がいるんだ?お前が係だろう」

4限目の授業で使った地層の断面図の模型に手を掛け先生が言う。


「自分で片付けて下さいよぉ〜。こんなの片してたら昼飯の時間減っちゃうじゃないですかぁ〜」

「はい、ツベコベ言わない。
先生はこれから用があるから無理なんだ。悪いが頼むな」

精一杯の抗議を試みるが、覆ることなく俺が片付けることになった。
はあっと溜息を吐いて、模型を持ち上げる。
案外軽いけど、ゴツゴツしてて持ち辛い上に山なりになっているから前が見辛い。


「宍戸ー、ささっと行ってこいよ。先食ってるぞ!」

いつも一緒に昼飯を食ってるクラスメートが呑気に言う。
ちぇ〜、いい気なもんだよなぁ。

「なー、誰か手伝ってくれよぉ」

「んじゃチョコデニ一個な?」

「…一人で行って来る」

結局一人で資料室まで模型を運ぶ事になった。


何回も人とぶつかりそうになって、漸く資料室まで辿り着く。

「くっ、…ふぬぬ」

…だというのに、ドアに手が届かない。

ふぬっ、ふぬって掛け声を掛けながらやっても駄目。
振りかぶって手を出しても意味が無かった。

素直に模型を降ろしてドア開けよって思った時、
すっと脇から誰かがドアを開けてくれる。


「あっ!ありがと……な」

俺はフランクな感じの感謝の言葉を選んだ。
通りがかりの人じゃなく、てっきりクラスの奴らが来てくれたんだと思ったから。
だって資料室は理科室とか家庭科室とかの特別教室の更に奥にある。
昼休みなんかは特に、滅多に人が来るような場所じゃない。
用が無ければ来ない。


……――じゃあ、この人の用はなんなんだ?


俺が驚愕で固まっているのに、この人は表情を少しも変えないで資料室に入っていく。


「…片付けないのか?」

いつもどおりの変化の少ない表情に抑揚の少ない声。
・・・シャドウ先輩だ。


「な、なんでここに居るんですか…!?」

自分でも分かる程、声が震える。

…尖る。


「…お前の跡をついてきたらここに来た」

さも当たり前のように告げられたシャドウ先輩の答えに、自分を抑える箍が外れるのを感じた。
この人が先輩だとか、
敬語を使わないと失礼だとか全部がどうでもいい事に感じる。


……この人の異質な行動に比べたら。


「そんな事聞いてるんじゃないよ!
なんで人の跡なんてつけるんだよ!?
ストーカーじゃん!気持ち悪いよ!!
そんな事する理由を言えよ!!」

何で!?何で!?何で!?

模型が鈍い音を立てて落ちた音がする。
でもその音よりも頭を占めるのは理解しがたい目の前の先輩のことばかり。
今まで塞き止めていた思いが、一気に濁流みたいに先輩を責める言葉になって口を吐く。

何で!?何で!?ってそればっかりが頭を巡る。


何でこの人は俺の脚を触るんだ!?
何でこの人は俺の跡をつけるんだ!?


……――何でこの人は、こんな風に責められて平然としていられるんだ?


シャドウ先輩は俺の激昂にも全く顔色を変えない。
いつもどおりの顔と声で言う。


「…お前を見る為だ」

「はぁっ?」

感情の無い声に思わず聞き返す。


「…お前を正面から見る為だ」


……――いつも俺は前だけを見ていた。前に広がる眩しい世界だけを。
  
その世界から自分が隔離された存在だと思いたくなかった。
その世界の一員であると思っていたかった。  

……――隣にいるこの人にされている事を意識したくなかった。


「…お前の怯える顔を前から見たい」


……――この人がどんな顔して俺に触れているか見たくなかった。



「…ああ、こんな顔をしていたのか」


……――こんな幸せそうな顔で俺に触れているなんて知りたくなかった。

・・・こんな顔も出来るなんて知りたくもなかった…。


 

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