誤解と真実



「シャドウ先輩って、…怖くないか!?」

「えー?今更ー!?」


俺の必死の覚悟で訊ねた一言は、少林に軽く流された。



いつもの部室の、いつものメンバー。

壁山に栗松に少林。
部室には他に染岡さんに半田さんが居て、他の先輩方はもうグランドに行ったか、まだ部活に来てないか。
同じ学年の奴らに、部活の中でもどっちかっていうと話やすい先輩達。
キャプテンは今は居ないけど、ずっと一緒の仲間だ。

その場に居たのは、俺が仲良くしてる人達ばかり。

――俺が信頼してる人達ばかり。



「宍戸の気持ちはよく分かるッス。
シャドウさん怖いッスよ。もっと明るくして欲しいッス」

「壁山は未だに影野さんも怖いんでヤンスもんねー」


……――違う。
   違う、そんなんじゃない。


「おー、なんだお前まーだシャドウにビビってんのか!?」

「宍戸ー、アイツあんましゃべんないけど結構いい奴じゃん!
んな怖がったりすんなよ〜」

ロッカーの前で着替えていた染岡さんと半田さんが話しに加わってくる。
染岡さんがぐしゃぐしゃと俺の髪を掻きまわし、
半田さんは頭の後で腕を組み、あっけらかんと笑って言う。

なんだかんだで仲間思いの二人らしい台詞。
染岡さんも半田さんも最初は人一倍警戒するくせに、一度心を許してしまうと疑うなんて絶対しない。


……――それがどんな相手でさえ。


俺はきゅっと唇を噛む。

折角覚悟を決めて話たのに、ちゃんと伝わってない。
俺の気持ちを分かってほしいのに。


「そっ、そんなんじゃなんいんですって!!
…あ、あの人、気付いたらいっつも俺の事見てて・・・。
その目がなんていうか…その…イ、イヤラシイっていうか…」

「はぁ!?お前、なに言ってんだ!?」

染岡さんが俺の言葉を途中で遮って叫ぶ。
まるで俺の方がおかしいっていう風に。


「おまっ、それシャドウが聞いたら怒るぞー。
いくらなんでもそれは無いって」

半田さんが苦笑いで手を横に振る。

「そうでヤンスよ〜!
なんでシャドウ先輩が宍戸なんかを〜」

「だよねー。
宍戸ってば自意識過剰なんだからー。気のせいに決まってるよ」

半田さんの言葉に栗松も少林も笑って同意する。


……――気のせい?…あれが!?


「もっ、もしかしてシャドウ先輩、宍戸の事を生贄の子羊の代わりにって狙ってるんじゃ!?」

壁山のオカルト方向にぶっ飛んだ妄想に、場は一気に笑いへと転化する。
もう俺の話を真面目に聞いてくれる人は居なかった。



「おーし!今日は久々の練習試合だー!!
気張ってくぞー!!」

「おー!」

キャプテンの声が晴天の下、大きく響く。
試合になると俺はベンチが指定席。
先輩は皆上手で、俺はどちらかというとオフェンスが得意だからポジション争いにも参加出来ていない状態だ。


「っと、今日FWは誰が先発で出るんだ?」

キャプテンがFWの面々に訊ねる。
虎丸が入部してから、うちのサッカー部で一番層が厚いのはFWだ。
豪炎寺さんに染岡さん、虎丸にそして、…シャドウ先輩。


「…俺はベンチでいい」

案の定シャドウ先輩はすぐ自分からこう言い出す。

「えー、またいいんですか?俺、MFも出来ますよ!」

自信家の虎丸は事ある毎にこう言う。
実際MFの半田さんか少林をベンチにして虎丸をMFに下げ、
代表候補になったこともあるシャドウ先輩を先発で出した方がいいと俺も思う。
それでもシャドウ先輩が承諾したことは今まで一度もない。


「いや…、まだ俺は自分の強さに納得出来ない」

「またそれですかぁ。
俺からレギュラー取れる日なんて絶対来ませんよぉ?」

「いい。俺は自分が強くありたいだけだ…」

虎丸といつものやり取りをしてシャドウ先輩はベンチへ向かう。
・・・俺の居るベンチに。


青い空の下、目の前では汗の煌くサッカーの試合。
爽やかな青春の1ページ。

俺の一歩前にはそんな世界が広がっている。
皆はその世界の中に居るから気付かない。

・・・その世界に入れない俺がベンチでなにをされているか。


シャドウ先輩が俺の隣に座って、ユニフォームのせいで剥きだしの太腿に慣れた手つきで指を這わす。


……――気のせい?…これが!?


試合中の皆も、忙しなく動きまわるマネージャーも気付かない。


……――どうして誰も気付いてくれないんだよ!?…こんなに傍に皆居るのに!!


いつも、いつも。
試合の時はいつもこうなのに、今まで誰も気付いたことは無い。



「…今日も二人きりだな」

俯いた俺の隣で、シャドウ先輩が薄く笑う声がする。



青い空の下、日の当たらないベンチで、
俺は今日もシャドウ先輩と二人きり。
日陰の住人である俺達を見つめる人なんて誰もいない。

光を遮るものなんて何も無いのに、
二人だけのベンチはいつも薄暗かった…。


 

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