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「遅せ〜ぞ、源田ぁー」
息せき切って更衣室のドアを開けると、苛立った声で不動がそう言う。
鬼道しかいないと思っていた更衣室には何故か不動まで残っていた。
「遅くなってすまない」
別に約束していた訳ではないのだが、自分を待っていたという二人に向かって弾んだ息で謝罪する。
「監督といちゃいちゃでもしてたのかよ、源田ちゃ〜ん」
「っ!そんな訳ないだろう!?」
不動が下から嘗めるように覗き込んでくる。
不動がよくするこのテの冗談は、いつまでたっても慣れる事ができない。
「不動」
俺が顔を赤くしていると、鬼道が諌めるように不動の名前を呼ぶ。
「へいへい」
鬼道の言葉で、不動は俺を下から覗き込むのを止め、頭の後ろで腕を組む。
これ以上俺をからかうつもりは無いらしい。
いつも手を焼いている不動が、鬼道の言葉に素直に従う様子は驚きだった。
FFIという厳しい戦いを一緒に乗り越えてきたという絆を見せられた気がして少しだけ寂しい気もした。
「源田、こっちへ来てくれ」
だが、そんな気分も鬼道に名前を呼ばれると霧散してしまう。
俺の注意も不動から鬼道へと移る。
だから、源田は気付かなかった。
自分の背後で、不動が音を立てないように部屋の鍵を閉めたことに。
鬼道は部屋の真ん中にある、正方形のベンチにカタログを広げていた。
鬼道とカタログを挟んで向かい合って座る。
見るとそれはスポーツタオルのカタログで、似たようなタオルの写真が規則正しく並んでいる。
「今度、また代表選手を集めて強化合宿をすることになったんだ。
その時に揃いのタオルを作ろうという話になってな。
意見が割れてるんで、お前の意見が聞きたい」
「・・・?
関係ない俺に訊くようなことか?」
腕を組んで鬼道が訊ねてきた内容は、代表選手に選ばれなかった自分には全く関係ないことだった。
俺より意見を聞くべき人物は他にいるんじゃないかと首を捻る。
「いーんだよ。
てめぇは黙って、どっちが良いかだけ答えりゃさぁ」
俺の背中に何も言わずに急に負ぶさりながら不動が言う。
「どっち?二択なのか?」
急に圧し掛かられても、頑強な源田はびくともしない。
少し後ろを振り返り、自分の顔のすぐ横にいる不動に訊ねる。
目が合うと楽しそうに不動が目を細める。
「…ああ、この青いのと、こちらの黄色で揉めている」
その声で前を向くと、鬼道が腕を組んで厳しい顔をして俺を、というか俺達を見ている。
鬼道が示した写真は、はっきり言ってデザイン的に大差なく、違いと言ったら本当に色ぐらいのものだった。
「俺は黄色がいいって言ってんのによぉ。
そこにいるお坊ちゃまが青がいいって言い張るんだよ。
睨んじゃって、あ〜怖っ」
不動はそう言うと、俺の肩に後ろから回していた手を、俺の前に持ってくる。
そうすると後ろから圧し掛かるというより、抱き着いているといった方が近く、
さっきまで意識していなかった不動との密着を忽ち意識してしまう。
「黄色より高貴な青の方が相応しいと言っているんだ」
先程より尖った声で鬼道が言う。
「なあ、源田ぁ。
お前も黄色がいいと思うよなぁ」
そんな鬼道の声を無視して、不動が抱きついたまま俺の顔を覗き込んでくる。
顔がすごく近くて吐息が掛かる。
不動の吐く息から甘い匂いがして、俺は答えることもできずどぎまぎして顔を背ける。
顔を背けると、厳しい顔から一転して、悲しみを湛えた顔をした鬼道と目が合う。
「・・・そう、なのか?源田」
そう呟く鬼道はすごく儚げで、俺は慌てて首を横に振る。
「うっ、…やっ、…そ、そんな訳では・・・」
「なんだよてめぇ、青がいいって言うのかよ!?」
俺が否定の言葉を口にした瞬間、不動が俺の肩をぎゅっと掴んで怒鳴る。
「いやっ、そうは言ってないだろう!?」
俺が咄嗟に不動の言葉も否定してしまうと、不動が焦れたように、俺の背から降りて前に廻る。
「じゃあ、お前はどっちがいいんだよ!?」
鬼道と不動が並んで俺を睨む。
ここまで選び難い究極の選択は生まれて初めてだった・・・。
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