エピローグ3
「あー…、やっぱ付き合ってんのかな。
雰囲気あってビビったわ」
パタンとドアが音を立てると、半田が気が抜けたように椅子にへたりこんだ。
その前のテーブルに染岡もどかりと腰を下ろす。
「だな。
あー…、俺、マジもんのホモ見んの初めてだー…。
おう、お前ら。宍戸の事、言いふらすんじゃねーぞ」
脚を大股開きにして感慨深げに頭を抱えていた染岡は、顔を少しだけ上げると未だぼうっとしたままの一年達を睨んだ。
その言葉で一年達もはっとしたようだ。
「あっ、当たり前でヤンスよ!!」
「そうですよ!!誰にも言ったりなんかしません!!」
栗松と少林が意気込んでそう言えば、壁山もうんうんと何回もその大きな頭を縦に振っている。
「おう。お前もだぞ、マックス」
染岡はマックスにも念を押した。
だが、マックスは未だ二人が出て行ったドアを見つめたまま反応が無い。
「マックス?」
中々返ってこない返事に染岡がマックスの名前を呼べば、苛立ったような声がマックスから戻ってくる。
「…それだけ?
皆はさっきの見て宍戸を止めようとか思わない訳?」
「ああ゛!?
…まあ、そりゃー男同士ってのには多少ビビったけどよ、上手くいってるみてーだし俺らが口出す事じゃねーだろ」
染岡の言葉にマックスはちらりと皆を見渡す。
皆も同じような意見なのか戸惑った表情をしている。
それどころか、リベラルなマックスが保守的な事を言い出した事にびっくりさえしているようだ。
皆のあまりの節穴さ加減にマックスは小さく嘲笑を漏らす。
「まあいいけど。
ボクも他人の恋愛に口出す趣味無いしねー。
でも同じ部の仲間だし、一つだけ忠告。
…宍戸の様子が変わったら、今度はすぐ気づいてあげなね」
マックスはそれだけ言うと、不機嫌そうに部室を足早に後にする。
古い部室のドアはいつも閉める時にパタンと音を立てる。
マックスは今も音を立てたドアを見ながら、さっきの光景を思い出していた。
――お前が言いつけを守ってくれて嬉しかった。
ドアの音に紛れて、微かに聞こえてきたシャドウの声。
人一倍耳がいいマックスだけはそれを敏感に聞き取っていた。
多分アレは嵌る途中。
マックスは大股でグラウンドに向かいながら、宍戸とシャドウのことを考える。
きっとシャドウが禁じたのは宍戸の裸自体。
「お前の肌を誰にも見せてくない。誰にも触らせたくない」ぐらいの甘い睦言で宍戸は簡単に縛れたはずだ。
しかもお誂え向きにマックス達という上手い道具が現れた。
グラウンドに居たシャドウは部室にマックス達が残っている事など簡単に推測できる。
マックス達は宍戸が自分にどれだけ従順になったかを測かる試金石にされたとしか思えない。
そしてそれに無事合格した宍戸には甘い御褒美。
ただ笑って「嬉しい」と囁いてやればいい。
それだけで馬鹿なペットは尻尾を振って、もっと過酷な要求にも応えるようになるだろう。
次はなんだろう?
マックスは考える。
自分だったら、そろそろ距離を置く。
周囲にバレたのを言い訳にわざと自分から距離を置いて、相手から縋らせる。
甘い罠に半分浸かった相手は必死になって離れようとする自分を追うだろう。
それこそ今まで嫌がっていた行為も許すほどに。
そうしたらもう、完璧に嵌る。
自分という罠に嵌って嵌って、死ぬほど恋しい相手が自分の足元に蹲る。
自分の支配下に完璧に下り、抜け出せない。
甘い、甘ーい、底無しの恋の罠。
どうしてこんな簡単な事に気づかないんだろう?
呑気に傍観を決め込んだ皆に苛立ちが抑えられない。
自分は宍戸がヤバい相手と付き合っているとちゃんと言ったのに、シャドウが宍戸に優しいっていうだけで皆はそれ以外の事を忘れてしまう。
宍戸の事を心配してるくせに、シャドウがどれだけ危険か気づけない。
「好きな人なんだから優しくするのは当たり前なのになー」
誰に言うでもなく独り語ちると、いつの間に居たのか優しい声がマックスの隣から響いた。
「どうかした?随分遅かったみたいだけど」
「んーんー、なーんでもなーい」
急に話掛けられても驚く事無く、マックスはにこやかに振り返る。
「ただの同族嫌悪ってやつかな?」
気づかない内にすぐ隣に居た影野に向かって優しい笑顔。
それは秘めた恋人にだけ見せる特別な笑顔。
つうーっと影野の胸部をマックスの指がユニフォームの上から緩やかになぞれば、くすぐったそうに影野が身を捩る。
複雑な模様を描いたその指先は、ユニフォームに隠された赤い傷跡を正確に捉えていた。
シャドウはボクよりストッパー付いてない気がするなぁ。
マックスは酷い事になるであろう宍戸の未来を思い、楽しそうにその傷に服の上から爪を立てて笑った。
END
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