エピローグ2



「あ、ああ。ちょっと、な」

その気まずさを誤魔化すようにそう言ったのは染岡だった。

「あー、ちょっとしゃべってたら遅くなったんだよ。
急がないとな」

それに乗ったのは半田だった。
未だ気まずい雰囲気ながらも、場が繕われる。
だが、それに悪乗りしたのはマックスだ。


「そーそー。宍戸も早く着替えなくっちゃね」

(マックス!!)

声にならない声で周囲が静止するのも気にせず、マックスは戸惑った表情の宍戸の背後に回る。
そしてぐいっと両手でロッカーの方へと宍戸の背中を押した。


「さ、触らないで下さいッ!!」

その途端、宍戸のの口から予想外に大きな声が出た。

「ッ!あ、いえ、ちゃんと着替えますから」

そそくさと自分のロッカーへと向かう宍戸から皆、視線が外せない。
狼狽した宍戸も先ほどのマックスの『着替えを見られたくないんじゃない?』との言葉も皆に固唾を呑んで宍戸の着替えに注目させた。


「あの…っ、なんで皆、俺の事見てるんですか?」

宍戸がロッカーの前で振り返る。
慌てて何人かが視線を逸らしても、じっと宍戸の事を見ていたのは隠し様がない。
誰もがなんて言っていいか分からずに、ついっと顔を逸らしてしまう。
そんな中、マックスだけがいつもの調子でまっすぐ宍戸を見つめた。


「なんでって、宍戸の着替えを待ってるから。
早く着替えて皆でグラウンド行こーよ」

平然としたマックスの言葉に、宍戸は何かを言おうとして口を開けた。
だが、何も言葉にせずに顔を背けた。
そして再度顔を上げると困ったように口にした。


「あの…、遅くなると悪いんで先行ってて下さい」

「いいって、そんなの気にしなくって!
それより宍戸は早く着替えちゃいなよ」

「でも…」

宍戸は口篭ると制服の胸の部分をぎゅっと掴んだ。

「でも、何?
アレ?もしかしてボク達が待ってると困る事でもあんの?」

「い、いえっ!」

宍戸はマックスの言葉に首を振ったものの、一向に着替え始める様子は無い。
そのはっきりしない様子に、ついに染岡までもが口を挟んだ。


「おいっ、本当に着替えを見られちゃ困るのか?」

それは確かに追及だった。
染岡は少しの驚きをもって、宍戸にそう訊ねた。
信じたくないという気持ちが込められた問いだった。
でも染岡がそう訊ねると、宍戸はぐっと顔を曇らせた。
皆の中で半信半疑だった思いが確信へと変わっていく。


「宍戸ッ!」

それまでずっと何も言えなかった少林が、ぐちゃぐちゃな考えのまま宍戸の名前を呼ぶ。
同年代の中でも特に幼い少林は、今の事態を対処しきれていない。
それでも宍戸への思いが募って、心配で心配で宍戸の名前を呼んだ。

だが、直後に呼ばれたもう一つの声に、その少林の思いの詰まった声はかき消された。


「宍戸」

突如現れた新たな声に、部室に居た皆がドアの方を振り向いた。

「シャドウ先輩ッ!」

もう一人の噂の主、シャドウだった。
降って涌いたように現れたシャドウの名を宍戸は安堵したように呼んだ。

「宍戸。怒らないから、着替えていいぞ」

「はいっ」

シャドウの言葉を聞いた途端、宍戸はそれまでの躊躇が嘘のようにてきぱきと着替え始めた。
皆がそれに注目していたが、特に宍戸が着替えを渋る理由になるような痕跡は一切ない。
見えたのは背中だけだったが、いつもと変わらない痩せこけた貧相な裸体だった。
そしてあっという間に着替えると、呆気にとられる皆の前を通ってシャドウに駆け寄る。


「行こうか」

「はいっ」

皆の注目の中、シャドウの左手が背後から宍戸の腰に添えられる。
宍戸はもうシャドウしか見ていない。
シャドウはそんな宍戸を満足そうに見つめると、少しだけ皆の方に顔を傾けた。


「…お先に」

微かに笑ったように見えたが、宍戸に回った腕でよく見えない。
皆が呆然とそれを見つめる中、シャドウは宍戸の耳に顔を寄せる。
囁かれる、何か。
綻ぶ、宍戸の顔。
シャドウはそれを皆から隠すようにドアを閉めた。

 

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