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「…ほう、こんな傷跡が雷門のお気に入りのブランドで誂えたマリッジリングとお揃いだと、そうお前は言いたい訳か。
ほーお、そうかそうか」
「うっ、なんか鬼道の言い方、棘があるぞ!」
「ああ、指が食いちぎられるかと思ったからな」
ジロリと俺が一睨みすると、円堂がウッと言葉に詰まる。
円堂に罪の意識を植え付けられるぐらいには、俺の指の傷跡は生々しいぐらいに深い。
俺としては一生消えなければいいとさえ今は思っているが。
「悪いと思っているなら、この傷跡をもっとお前のとお揃いとやらにしてほしいものだな」
「?」
「お前の指輪は誓いの指輪だろう。
この傷跡にも何か誓え」
俺は強欲なのだろうか。
こんな明日には消えてしまいそうな傷跡で一生円堂を縛ろうとしている。
「えー、誓うって言っても何誓えばいいんだよー」
「勿論、一生守れるものだな。お前だって結婚式で死が二人を別つまでと誓っただろう」
「そんな急に一生とか言われてもなぁ。何も思いつかないぞ」
「なに、俺も鬼じゃない。こんな傷で大層な約束をしてもらおうとは思ってない。
・・・お前にはあるじゃないか、禁止されても一生やってそうなものが」
それとも欲がないように見えるだろうか。
きっと円堂にとっては些細な事に思えるだろう。
「あ、サッカー!」
「お互いの指輪に掛けて誓うか?俺と死ぬまでサッカーを続けると」
いや、多分この上なく強欲なのだろう。
こんな風に彼女との愛の指輪に勝手に割り込んで便乗している。
しかも俺はこの誓いの重さを誰よりも知っている。
円堂守という男をきっと誰よりも理解している。
「誓う、誓う!よーし、これで鬼道も一生サッカー続けるんだからな!
親父さんの会社継いでもサッカー続けるって約束したからな!!」
「ああ、お前こそその指輪をしている限り、俺との誓いを忘れるんじゃないぞ」
「そっちこそ!」
誠実な円堂はきっとこんな些細な約束でも忘れる事はないだろう。
彼女との愛の指輪を見る度にきっと俺との約束も思い出すだろう。
皮肉な事に彼女との愛の指輪が円堂と俺との誓いをも守ってくれる。
なら俺も一緒に守っていこう。
円堂の結婚が死ぬまで続くように。
「それにしても結婚の幸せをお裾分けするつもりなら、こんな事じゃなく他にあっただろう。
新居に招待するとか」
「いや!それはお裾分けになんない!!むしろ幻滅するかも」
「・・・相変わらずか」
「う〜ん、相変わらずというか寧ろ酷くなってるんだよな。
アイツ頑張りが空回りするから」
「なら春奈と木野も誘うか。あの二人と一緒に調理すれば少しは改善されるかもな」
「あ、そういや中学ん時三人で作ったおにぎり、美味かったもんな」
俺との誓いの指輪を円堂が永遠に外さないように俺はこれから努力しつづけよう。
彼女以外を愛さず、一生家庭を大切にするように。
だって最高じゃないか。
俺は円堂という男と最後まで共にいられる相手になれたんだ。
「…なあ円堂。もしサッカー禁止令が出たら、お前どうする?」
「えっ、なんだよ突然。そんなの困るに決まってるだろ!」
「そうだな、お前ならそうなる前に死に物狂いで反対するだろうな」
「当たり前だ!そんなの許せるはずないだろッ」
そう円堂ならきっとサッカーを選ぶ。
祖父と同じように愛する家族から離れ、サッカーで戦う道を選ぶだろう。
どれだけ彼女を愛していようとも、サッカーの為に命を掛けるだろう。
そしてサッカーにおいて最後まで隣に立つことを許されるのは彼女ではなく俺だ。
俺が円堂に愛され、家族になるのが不可能なように、彼女も決してサッカーで戦う彼の隣には立つ事は出来ない。
円堂が最後にサッカーを選ぶなら、彼と永遠を共に出来るのは俺の方だ。
俺はサッカー禁止令なんて子供っぽい例え話にも真剣に怒る円堂に目を細めると、まだずきずきと微かに痛む左手を空に翳す。
そこは円堂の痕が毒々しいまでに赤く、俺の指を染めていた。
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