2
彼との出会いはなんて事はない。
ただの採用面接の場だった。
人事が決めた最終候補者の面々に彼はいた。
別段可もなく不可もなく面接をこなした最終候補者達を俺は全員採用とした。
この時、円堂は特に印象に残るような人物ではなかった。
初めて彼を意識したのは、新学期が始まって暫くしてからだった。
この学園の総帥だけでなく他にも多々の業務を抱える俺は、久しぶりに訪れた学園で偶然円堂の授業風景に出くわした。
ジャージ姿に、オレンジ色のバンダナ。
そして生徒に囲まれて汗を流しながら屈託無く笑う姿。
どうしてだか目を奪われた。
スーツ姿では感じ取れなかった何かを感じた。
……一目で恋に落ちていた。
何気なく声を掛け二人で話せば、円堂も俺に何かを感じてこの学園を希望したと分かった。
……恥ずかしながら運命だとさえ思った。
二人っきりで会う機会が増え、俺の恋情に引き摺られるように円堂の感情も恋へと変化していった。
今では円堂もこの恋を運命の恋と感じているはずだ。
運命を感じた相手が恋人として傍にいてくれる。
愛してくれる。
これ以上の幸せがあるだろうか?
無いはずだ。
無いに決まってる。
無いはずなのに…!
「鬼道!おかえりー」
「ただいま」
自宅に帰ると、首からタオルを掛けた風呂上りの円堂が出迎えてくれる。
まるで自宅に居るようにくつろいだ様子の円堂が「おかえり」と言ってくれたのが嬉しくて仕事の疲れが一瞬で吹き飛んでしまう。
書類の詰まった鞄を円堂が何も言わずに持ってくれるのにも、ふつふつと幸せが涌いてくる。
「へへっ、なんか新婚みたいで照れるなっ」
それなのに円堂がそう言っただけで、ぐぐっと不安がこみ上げてくる。
さっきまで全く同じ事を自分も考えていたのにも関わらずだ。
円堂と居ると時折こんな風な不安に襲われる時がある。
円堂と一緒に居る自分が急に非現実的に思えてしまうのだ。
自分で望んだ関係なのに、どうしても違和感が拭えない。
「鬼道?」
円堂の訝しげな声にハッとする。
円堂は急に塞ぎ込んでしまった俺を怪訝そうに覗き込む。
「どうかしたか?
もしかして俺と新婚とか嫌だった!?」
「いや!そうではない。
…少し疲れただけだ」
何でも無いと微笑んで否定すれば、円堂の顔も綻んでいく。
そう、なんでもないはずなんだ。
「そっか!良かったー。
へへ、俺、実は結婚っていいなーって思っててさ。
あー、鬼道と結婚出来たらなー」
それなのに不安が無くならない。
肌が粟立つような違和感が消えてくれない。
どうしてだ?
円堂がこんな事を言ってくれてるのに何を不安がる必要があるんだ。
笑って、一緒に男同士である切なさを嘆いて、そうしてそれでも一緒に居ようと甘く囁けば、それだけで幸せなはずなのに!
「円堂…」
俺は鞄を奥の私室に置きに行こうとする円堂の手を握った。
円堂のゴツゴツとした大きな手。
円堂の体型に不釣合いなぐらい大きなその手。
この手に触れるといつも安心と不安がごちゃまぜになった形容し難い感情が胸に溢れてくる。
この大きい手は何かを守る為にあるんじゃないか!?
俺では無く、本当は他に守るべきものがあるんじゃないか!?
それでも触れずにはいられない、手。
大好きなその手で、円堂が俺を抱き締めぽんぽんと俺の背中を叩く。
「大丈夫だって、鬼道!
例え結婚出来なくたって、俺はお前と一緒に居るから」
「……ああ」
円堂の肩に顔を押し当てると、俺と同じシャンプーの香りが鼻腔を擽る。
俺の匂いを纏った円堂に安心感が増していく。
確かに円堂はここに居る。
…俺の隣に!
俺は円堂の背中に手を回しぎゅうと握り締める。
この円堂が消えてしまわないように。
この現実が幻ではないと信じられるように…。
▼