ありえない未来



「鬼道!」

「…学園では総帥と呼べといつも言ってるだろう」

「悪い悪い。
でも周りに誰も居ないんだし、いいじゃないか!」

口では悪いと言いながら、悪びれない顔で円堂が笑う。


「そういう問題では無い。
普段からきっちりと公私のけじめを付けておくことが肝要だと言ってるんだ」

「じゃあ、鬼道総帥!
今日、職員会議の後、ご予定はありますか?」

言葉使いは改めたものの円堂の表情はまるっきりプライベートなままだ。
だが、このくらいは許容範囲にしてやろう。
この学園で総帥専用の駐車場を訪れる人間は俺と俺に用のある者に限られている。
他の人間が居ないのにそこまで厳しくするまでもないだろう。
……自分がこの男に甘いのは十分自覚済みだ。


「サッカー協会の理事と会食の予定だ」

「なーんだ、そっかぁー。
ちぇー、今日のプレーオフの試合、BSでやるから鬼道んちで見させてもらおうと思ったんだけどなー」

円堂の改まった口調など一瞬だけだった。
俺の返答に敬語などそっちのけでがっかりする様子は、本当に社会人かと聞きたくなる程子供っぽく素直だ。
簡単に人の心に入り込んで、虜にしてしまう。
この俺とて決して例外ではない。


「じゃあ録画しておけ」

「へ?」

スーツのポケットからお目当てのものを取り出し、円堂の胸へと押し当てる。

「明日の予定は幸いな事に昼からだ。
…早く帰るようにするから、一緒に見よう」

胸に押し当てられたマンションの鍵と俺の言葉に、円堂の顔がたちまち輝いていく。
単純。
だが、その単純さが愛おしい。


「それって、それってェー、鬼道んちで待ってていい、って事!?」

「ああ」

分かりやすく円堂がわくわくしている。
まったくプレゼントを前にした子供だな。

「お泊りも、当然…!?」

いや、犬かもしれない。
餌を前に「食べていい?」と飼い主に窺う犬みたいに俺の答えを待っている。
ここまで喜ばれると、少し照れてしまうではないか。
口の端が上がりそうになるのを何とか堪えると、俺の口は波線のように歪んでしまう。
なんとも格好が付かず、俺は口元を隠して重々しく頷く。


「ああ」

「やったあああ!」

円堂が両手をぐっと握り締めて突き上げる。
どこからどう見てもガッツポーズだ。
こんな事ぐらいでこんなに喜ぶなんて、まったくコイツは…。
そう思っているのに、喜ぶ円堂を見て顔が自然と緩んでしまう時点で俺も大差ないのかもしれない。


「鬼道、鬼道!
何か食べたいものある!?俺、作って待ってるからさ!」

「今日は会食だと言っただろうが…。
しかもお前、料理なんて出来ないだろう…」

「ああっ、そーだったぁー!
じゃあ、じゃあ、ビール冷やして待ってるから速攻で帰ってこいよ!!」

「分かった、分かった。
分かったから少しは落ち着け」

「これが落ち着いてられっかああ!」

いきなり叫びだしたかと思うと、円堂がいきなり俺の車の周りをぐるりと一周駆け足で回りだす。
しかも一周では走り足りなかったのか俺の前を通り過ぎていく。
二周して流石に自分の馬鹿な行動に気づいたのか、俺の前で漸く止まる。
呆れて言葉も出ないとはこの事だ。
もう言葉うんぬんと注意するのも馬鹿らしくなってきた。


「鬼道!好きだ!!」

息を切らして何を言うかと思えば、唐突な告白。

「ああ、俺もだ」

俺がさらりと答えてやると、円堂はくぅ〜っと呻きながら体を縮こませる。
見ると地団駄さえ踏んでいる。
なんて可愛らしいお馬鹿さんなんだ。

俺が日々の忙しさに荒みがちな心を密かに癒していると、円堂ががばっと顔を上げてくる。


「悪い、鬼道!俺、もう行くわ。
これ以上一緒にいると歯止めきかなくなりそうでさ!」

本当にコイツは…。

円堂は眉の下がった顔でニカッと笑うと、ダッと校舎に向かって走り出す。
「コウシ、コウシ」なんて掛け声に思わず苦笑が漏れる。
まったく、公私の意味がちゃんと分かっているのかアイツは。


「円堂!」

俺の呼び声で、もう随分遠くに行っていた円堂が振り返る。

「発泡酒はビールじゃないからな!」

円堂が遠くで分かってるというように大きく手を振る。
細かい表情は見えずとも、その顔に満面の笑みが浮かんでいる事は想像に容易い。
また俺の顔にもう何度目かの苦笑が自然と溢れてくる。



彼は円堂守。
俺が総帥を勤める、この帝国学園の一介の体育教師だ。
そして…。

俺の恋人だ。


 

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