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吹雪は尻尾をなびかせて、いつもより三割増しの早さで走った。
持久力はあまり変わって無いみたいだが、その他の能力はめっきりアップしていた。
それに見なくても気配でパスを察知できるようになっている。
はっきり言って、今までよりも相当上手くなっている。
こうしてその日の練習は吹雪のターンで終了した。
でも、練習が終わって皆で風呂に行った時点で早くも吹雪終了の鐘がなる。
・・・獣手では服が脱げないってことに気付いたからだ。
「そ、染岡クン」
いつもの様に並んで汗まみれのジャージを脱いでいると、隣から情け無い声が聞こえてくる。
「あん、どーした?」
俺はジャージの上を籠に脱ぎ捨てながら、吹雪の方を見ずに返事をする。
はっきり言って、練習後の風呂場は早い者勝ちで、
出遅れた者はスペースが空くのを待たなければならない。
遅れればそれだけ夕食が遅れるので、着替えが遅れるのはそれこそ死活問題だった。
「どうしよう、ファスナーが下げられないんだ」
でも、その情け無い声で、服を脱ぐ手を止めて吹雪の方を見る。
吹雪は顔のパーツで唯一の男らしさである眉毛をへにゃりと下げて、
必死に肉球の付いた手で爪をファスナーに引っ掛けて下げようとしていた。
「ほらよ」
さくっとファスナーを下げ、自分の脱衣に戻る。
「そ、染岡クン」
でも、またすぐ情け無い声で名前を呼ばれる。
「今度はなんだ」
Tシャツを脱ぎ捨ててから、吹雪の方に振り返る。
「破けちゃった」
「・・・」
見ると、吹雪のジャージのパンツは両脇に見事な切れ目が入っていて、ぺろんと下着が見えていた。
俺が何も言わずに吹雪の無残な姿になったジャージを見ていると、吹雪が弁解を始める。
「だって、まだ爪の出し入れとか自分でもよく慣れてなくって。
普通人間って爪の出し入れ出来る人っていないでしょ!?」
「・・・」
「・・・」
しばし無言。
確かに爪を出したり引っ込めたりする人間なんている訳が無い。
必死になって言い訳してるけど、
吹雪がそんな特異な人物になったのは俺のせいで、
まあなんと言うか責任ってやつをやけに実感しちまった。
「…おら、分かったから、じっとしとけ。
脱がしてやっから」
俺が吹雪の前にしゃがみ込んでそう言うと吹雪が素っ頓狂な声を上げる。
「いっ!?
脱がすって…いいよ、そんなの!
自分でやるから!!」
真っ赤になって吹雪が自分の服を押さえる。
まあ、その気持ちは分かるがな。
「お前、さっき『俺が面倒を見る』って言ったとき喜んでたじゃねーか。
ほら、さっさと観念しろって」
「そーいう意味だったの!?」
「それ以外に何があるってんだ?」
「う〜、染岡クンの馬鹿ぁ!」
服を押さえたまま逃げ回るから、もう脱衣所は俺達以外誰もいない。
ってか、こんなありえない状況の俺たちを放置して風呂に入れるメンバーの神経が理解できない。
飼育係りの俺に一任ってか?
よぉーし、一任されてやろうじゃねーか。
俺は俄然張り切ってしまう。
負けず嫌いで頼られると弱い自分が嫌になるが性分だから仕方ない。
俺は上を脱がすと見せかけて下を脱がすというフェイントをかける。
吹雪はまさか俺がそんなテクをしかけてくるとは思って無かったのか、
まんまと俺のテに引っかかってしまう。
「キャア!」
乙女か!
下着ごと脱がされた吹雪の可愛らしい叫び声に、時間が惜しいから心の中でツッコミを入れる。
「おら、足抜け、足」
俺が作業的にそう言うと、吹雪が恨めしい顔で俺を睨む。
「染岡クンに初めて服を脱がされる時は、もっとロマンティックなのを想像してたのに…」
「馬鹿なこと言ってないで、早く脱げよ」
はっきり言ってコイツの冗談は笑えないのが多い。
そんな冗談言ってる暇があったら、早く風呂に入って夕飯に有り付きたいってもんだ。
吹雪は俺の華麗なスルーにむっとした顔をしたものの、
肝心なところをもろ出しの今の状態が恥ずかしいのか言われた通りに足を抜く。
上も大人しく言われるがままに脱がされる。
なんだかんだで俺自身の脱衣も済んだ頃には、もう烏の行水で有名な円堂なんかは風呂から上がっていた。
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