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それは極普通の練習風景。
円堂の守るゴールに必殺技のシュートを順番にぶち込むっていう、何の変哲も無い普通の練習。
俺達は一人がパスを出して、それをシュートするって練習を、FWだけじゃなくシュート技のあるヤツ全員でやっていた。


その時の俺は主にパス係。
シュートのアシストに定評のあるパス岡こと俺、染岡竜吾はリズムよくパスを出していた。

暑苦しい豪炎寺のファイヤートルネード。
それを程よく冷やす綱海のつなみブースト。
そして吹き荒れる、吹雪のエターナルブリザード。
はっきり言って温度変化が急激すぎる。

エターナルブリザードを撃った直後、吹雪が小さくくしゃみする。
自分のせいとはいえ、これだけの急激な温度変化だ。
くしゃみだって出てもおかしくない。

――風邪気味か?

でも、俺がそう思う程、はっきり言ってそのエターナルブリザードは、辺りに冷気を振りまくばっかりで威力はあまり無かった。
あっさり円堂の熱血パンチで防がれてしまう。


「おーい吹雪、もう一回だー」

円堂も防いですぐ『やり直し』を命じる。
だから俺はたまたま円堂が弾き返したボールが上手い具合に俺の方に来たのをいいことに、すぐさま今だくしゅんくしゅんと女っぽいくしゃみを連発している吹雪に向かって、シュートに近いぐらいの強めのパスを出した。


「ちょっ!…くしゅん、まっ、…くしゅん」

「試合中、敵は待ってくんねーぞ」

俺がにやにや笑いながらそう言うと、少しむっとして吹雪はウルフレジェンドの体勢に入る。


「ウルフレジェ…へっぶし、ぅぃー」

――おっさんくさっ!

ウルフレジェンドの途中で何故かさっきまでと違っておっさん臭いくしゃみをした吹雪は、途端にぼんっと白い煙に包まれる。


「おい、大丈夫か!?」

明らかにいつものウルフレジェンドと違う様子に周りのメンバーが吹雪に駆け寄る。

皆が見つめる中、白いモクモクとした煙からごほごほと咳をしながら姿を現した吹雪は、
狼の耳と尻尾、そして手首から先が肉球のついた狼のそれに変わっていた。
ウルフレジェンドを発動後に失敗したせいで、吹雪はなんと半分ウルフになっていた。


「染岡クンのせいだからね!!」

自分の耳と手、そして尻尾の変化に気付いた途端、吹雪は顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってくる。
間近で見ると涙目にもなっていた。

「僕、ちゃんと待ってって言ったのに、なんで待ってくれなかったんだよ!?」

吹雪がそう涙ながらに訴えると、周りにいる皆も頷く。

「ああ、確かに言ってた」

綱海が腕を組んで何回も頷く。

「…ああ」

豪炎寺がユニフォームに手を入れて一度だけ頷く。

――うわぁ〜…孤立無援の見本みてぇ……。


「このままずっと元に戻れなかったらどうしよう!?
折角また代表に戻れたのに、もう一度日本に帰れって言われるかも〜」

メソメソと泣き出す寸前の吹雪を、俺は見ていられなくて肩を掴む。

「大丈夫だって!
代表落ちした時、大会規約調べたけど、狼人間は出場禁止なんてなかったぞ!!」

俺が一生懸命慰めようってしてんのに、口をへの字にして上目遣いで吹雪が俺を睨む。


「…そんなの当たり前だろ。
例え出場できたとしても、こんな姿を世界各国に晒さなきゃいけないなんて嫌すぎるよ!」

「大丈夫だって!
俺だってハードもみあげ全国放送されたけど、こうやって力強く生きてる!!」

「…そんなの自業自得だろ。
それに染岡クンにはもっこりスーツの愉快な仲間達がいたでしょ。
僕は一人なんだよ?
ああっ、僕はこれから世界大会にさえ狼コスで出場した、
世紀のコスプレ好きとして黒い十字架を一生背負わなければならないんだっ。
こんなんじゃ僕、もうお婿に行けない!!」

「大丈夫だって!
コスプレ好きが好きな奴は世界中に腐る程いるから安心しろって!!」

「…そんなの嫌だ。
僕にだって選ぶ権利が欲しいよ。
僕だって好きな人と結婚したい…」

そう言うとしゅんとして下を向いてしまう。

これには俺も大丈夫って言ってやれなくて、困ってしまう。
だって、吹雪の好きになった奴が獣パーツの好きな、コスプレ許容派とは限らないしなぁ。
狼よりウサギが好きってヤツの方が多いだろうしなぁ。
俺達二人が黙ってしまうと、辺りに重たい空気が流れる。
その中で、一際重たい空気を纏って吹雪が呟く。


「ねえ、染岡クンは俺が責任を取る!!って言ってくれないの?」

その言葉で漸く俺はまだ吹雪に謝ってもいないことに気付いた。
俺は吹雪に頭を思いっきり下げる。
俺の頭は坊主頭だから、頭を丸めることもできない。
これ以外に謝罪の方法が思い浮かばない。

「悪かった。
こんなことになるとは思わなかったんだよ。
俺にできることならなんでもする。
お前の面倒も俺が見る」

俺が頭を下げたままでいると、うっ、うって嗚咽の声が聞こえてくる。
慌てて前を向くと、吹雪がついに泣いていた。

「悪かったって。この通りだ。
だから、泣かないでくれよ、なっ!?」
手を合わせて必死の思いで、何回も頭を下げる。
でも、返ってきたのは予想外の言葉。

「…嬉しい。
僕、良いお嫁さんになるね!」
涙を拭いて笑顔で吹雪がそう言うと、円堂が大きく手を叩く。

「よーし、吹雪の飼育係も決まったことだし、練習再開だー!
吹雪!狼と合体して性能がアップしてるかもしれないぞ!?
もう一回ウルフレジェンドだ!!」

「うん!!」


円堂が練習再開の号令を発してしまうと、誰がなんと言おうと決定事項は覆らない。
今までの経験から、それを身に沁みて知っている俺は、仕方なく練習に戻る。

でも、なんで誰もあんなツッコミどころ満載なのに誰も何も言わないんだ?
誰も会話が噛みあっていないのに、ツッコミの無いまま、
こうして俺は吹雪の飼育係に就任した。


 

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