ガールズトーク



「あ、風丸クン髪にゴミが絡まってるよ」

練習後のロッカールームで吹雪が風丸に声をかける。
えっ?と自分の髪に手をやろうとする風丸を、吹雪が制止する。

「僕が取ってあげるよ」

吹雪が風丸にロッカールームのベンチに座るように促す。
風丸がベンチに座ると、吹雪は丁寧な手つきで髪を梳かし始めた。


チームメイトが着替えを終え、次々とロッカールームを後にする。
最後の一人が部屋を出たのを見計らってから、風丸が吹雪に静かに話しかけた。

「で?俺に何か話があるんだろ」

「えっ、何でわかったの?!」

吹雪の心を見透かすような風丸の言葉に、思わず吹雪の櫛を持つ手が止まる。


「今日はスライディングもしてないしな。
で?皆に聞かれたくない話でもあるのか?」

そう言って振り返ると、顔を赤くした吹雪がいた。

「う、うん。あのね……今日さ、日本から手紙来たよね」

「ん?ああ、そうだったな」

確かに練習中マネージャー達が手紙を山程持ってきてくれた。
サッカー部や陸上部の皆からの手紙は懐かしかった。
でも、それがどうやってこの状況に繋がるんだ?
思い浮かんだ事柄と今の状況が上手く結びつかずに風丸は首を傾げた。


「それで、…あの、ね。その……」

言葉を濁し中々言い出さない吹雪を、促すこともせずゆっくりと待つ。
促そうにも、風丸には吹雪が言おうとしている事が皆目見当もつかない。


「は、半田クンってどんな人なのかな〜って思って」

暫くして吹雪が顔を赤く染め、小さな声で言った言葉に風丸は漸く得心がいった。


・・・ああ、そういうことか。
風丸は吹雪の聞きたかったことを漸く理解する。
今日、皆宛とは別に風丸には宮坂から個人的に手紙が来たように、染岡には半田から個人的な手紙が届いていた。
そして半田から個人的に手紙がきたのは雷門中サッカー部の連中で、染岡だけだった。


「そうだな……。
半田は雷門が弱小だった頃からの部員の一人で、染岡もその一人だから特に頑張って欲しいんだろ。
円堂は心配しなくても勝手に頑張るしな」

だから心配するなと安心させる様に風丸が言うと、吹雪はへにゃへにゃと風丸の隣に座り込む。
よほど心配してたのか、吹雪は気の抜けた顔をしていた。


「分かってはいるんだ。
半田クンが只の友達だってことは。
だって染岡クン、男に興味ないし。
でも、それって僕にも可能性が無いってことでしょ?
だから、だからさ僕、染岡クンの一番の友達になりたいんだ。
オンリーワンになれなくてもナンバーワンならなれるから」

下を向いたまま今まで胸に溜め込んでいた思いを吹雪は一気に口にする。
心配が杞憂だという事を知っていながら、それでも心配してしまう自分を恥じるように吹雪は一息にそう言うと、はぁーっと溜息を吐いた。


「でもさ、それも中々難しくって。
中学生に北海道と東京は遠すぎるよ」

そう言って風丸の方を向いて笑った吹雪は、泣き出しそうな顔をしていた。


「風丸クンはいいよね。
キャプテンと親友で」

「なっ、なんでそこで円堂の名前が出てくるんだ!?」

思いがけず出てきた名前に風丸はつい慌ててしまう。
だが逆に吹雪は風丸が慌てた事に驚いた。


「え?だって好きなんでしょ?
キャプテンのこと」

それは吹雪にとっては当然の事にだった。。
だからこそ他の雷門のメンバーではなく風丸を相談相手に選んだのだから。
だが言われた方にとってはまだソレは当然の事実ではない。
さも、当たり前の様に言う吹雪に風丸は顔を赤くして口をパクパクさせる。


「え〜、その〜。それは・・・」

「あれ?違うの?」

なーんだ、僕の思い違いかぁと独り言の様に言う吹雪に、風丸は今まで誰にも言ったことの無い想いを言ってしまう。

「…いや、違わない」


その想いは、誰にも知られてはいけないと思っていた。
それなのに同じ片思いをしている吹雪につい言ってしまったのは、この苦しみをずっと誰かと分かち合いたかったからかもしれない。
事実を事実と口に出して認めた事で、重荷にさえ感じていたその想いが少し軽くなったのを風丸は感じていた。
そんな風丸を知ってか知らずか、吹雪は同士を得たとばかりに身を乗り出した。


「ねえ、なんで風丸クンはキャプテンに伝えないの?
キャプテンなら男同士でも真剣に言えばちゃんと考えてくれそうなのに」

染岡クンは駄目、頭固いもん。むしろ馬鹿にするタイプ。と吹雪は悪口と変わらない口調で続けた。
相手を卑下し自分の想いさえ否定しようとして、でも何度もそれに失敗して。
同じことを何度もした事がある風丸は、吹雪の明るい口調に潜む切なさにやり切れない思いで少しだけ苦笑した。
それから俯いて固く握り合わせた自分の両手を見つめた。


「否、俺はいいんだ。
アイツにはあのままでいてほしい」

風丸は淡々と想いを口にする。

「俺が想いを伝えたら、アイツは多分すごく悩むだろ?
アイツをサッカー以外のことで悩ませたくない」

「……」

「それに……」

「それに?」

「もし、アイツが俺の想いに応えてくれたとしても嫌なんだ」

「えー、なんで?」

僕だったら嬉しくて皆に言いふらすのに。なんて染岡につい同情してしまうことを言って、不思議そうに吹雪が訊ねる。

「俺たちは男同士だろ?
百人が百人とも祝福してくれる関係じゃない。
・・・アイツにはそんなの似合わない。
アイツにはこのまま誰にでも誇れる人生を歩んでほしいんだ」

ずっと俯いていた風丸はそこで顔をあげ吹雪に微笑んだ。
覚悟を決めた、でもすごく悲しい笑顔。


「か、風丸クン〜」

むしろ聞いていただけの吹雪が泣きそうになって風丸に抱きつく。
それぐらい風丸の言葉には想いが溢れていた。


「大切なんだね」

「・・・ああ」

「辛いね」

「・・・ああ」

風丸は自分の代わりに泣いてくれる吹雪の背を撫でる。


「その分、円堂に近づく男は容赦しないけどな」

風丸がそれまでの重い雰囲気を変える様に言うと吹雪も笑って応える。

「あはっ、僕もそうしよ」

二人で笑えば、心が少し軽くなる。

「あの二人って、幸せ者だよね。
こんなイイ男に想われてて」

「たぶん世界一だろうな」

二人はそれぞれ自分の想い人を思い浮かべながら笑い合った。


 

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