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「染岡クン!」

真っ青な顔で声もなく部屋に飛び込んできた俺を、吹雪はビックリした顔で見てきやがった。
まあ、さっき逃げるように元の部屋に戻った俺が、三十分もしない内に帰ってきたんだから当たり前か。


「吹雪、塩だ!塩撒け、塩!
それと、お前のマフラー寄越せ!!
お守りとか十字架とかご利益ありそうなもん片っ端から持って来い!!」

俺は部屋の入り口に大急ぎでローテーブルを立て掛けながら、吹雪に怒鳴る。

「え〜…、何?急に」

急に入り口にバリケードを築き始めた俺を、流石の吹雪も怪訝そうに訊ねてくる。
でも、俺の言うとおりちゃんと自分のバッグから形見のマフラーを取り出すあたりは、
流石今日の朝まで俺のペットだっただけはある。

吹雪がマフラー片手に、入り口でバリケードを建設中の俺に近づいた瞬間、
ドアをノックする音が響く。

……来たっ。

地獄の使者が、知らずに踏んづけてしまった俺に復讐しに来たっ。


「ぎゃー」

俺は吹雪からマフラーを分捕り、部屋の隅に走って逃げる。

「もう一人の吹雪、俺を助けてくれ!
俺達最強コンビだったじゃねぇか。
その俺の危機なんだから今だけでも天国からやってきて、俺を救ってくれ…!」

もうこれ以上逃げられないっていう部屋の角で、
天国に居るだろうもう一人の吹雪に祈る。
でもそんな俺を余所に吹雪は止まらないノックに応える為に、
せっかく俺が築き上げたバリケードをガタガタと片付けちまう。

「おいっ!開けんなっ!!
開けたらお前の命はねぇぞっ!!」

「え〜?何それ。
何か急な用事かもしれないから出るよ」

でも吹雪は俺の忠告を無視して、ついにドアを開けてしまう。

「吹雪っ!!」

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と部屋の隅で吹雪の無事を拝んでいると、
とんとんと俺の肩を誰かが叩く。

「ひぃっ!」

「ビックリさせちゃった?
なんか佐久間クンが染岡クンに用があるんだって」

「佐・久・間!!」

それは悪魔の使いに違いない!!
いや、本当に佐久間かどうかも怪しい。
出ちゃ駄目だ。出ちゃ駄目に決まってる!
俺がぷるぷると首を振ってるっつーのに、吹雪の野郎は
「えー?佐久間クンと喧嘩でもしたの?
でも向こうから来てくれてるんだから無視なんて良くないよ」
なんざ言いながら、俺をずるずると問答無用で引き摺っていく。

くっそー、和やかムード出しやがって!
無駄に怪力すぎんだよ、熊殺しめ!


「お待たせ。ゴメンね遅くなって」

「…染岡」

吹雪に首根っこ引っ掴まれて連れられた先には、普段と変わらない佐久間の姿があった。
むしろ俺の姿を見てほっとしたように顔を綻ばせる様子なんざ、
普段よりも友好的とも見えたぐれぇだ。


「大丈夫か?染岡。
まさかあんなに驚くとは思わなかった。すまなかったな」

しかも俺に謝ってくるじゃねーか!
はっきり言ってこんな佐久間なんざ初めて見る。

「…おぉ。
まあよ、俺もあんなにビビって悪かったな」

ここまでくると俺も申し訳なくなって、つい後頭部に手がいく。
う〜…、さっき咄嗟に叫んじまったよな?格好悪ぃ。


「それより…、大丈夫か?」

佐久間が俺の顔、ってより何故か首辺りを見て眉を寄せる。
それから先に部屋の奥に戻った吹雪をちらりと視線を投げてから小声で訊いて来る。

「あ?…ああ、大丈夫だぜ」

大丈夫だって、さっきから言ってんのに。
佐久間がこんなに気にするヤツだとは思わなかった。
そんだけさっきの俺の叫びが凄かったってことか。
う〜、恥ずかしい。他にも誰か聞いてねぇだろうな?


「戻ってきたって構わないんだぞ?」

それなのに佐久間はそんな事まで言い出す。
戻るって、さっきの部屋にか!?
無理無理!ぜってー無理!!
一気に顔から血が引くのを感じたが、それでも俺は必死で平気な顔をし続ける。

「あ〜、いや、やっぱいいわ。
何回も移動すんの面倒だし。
俺のベッドも占領されてるみてぇだしな」

流石に「怖いから嫌」とは格好悪くて言えず、俺は佐久間から視線を逸らして頭を掻く。


「…本当に大丈夫なのか?」

・・・なんか今日の佐久間はうぜぇぐらいに俺の心配をしてくる。
そんなに俺、ビビってたかな…?
つーか、今もビビってんのバレてんのかな?

「おう!大丈夫に決まってんだろ」

もう俺三回も大丈夫って言ってんぞ。
それなのに佐久間は去り際まで、俺の事を心配そうにしていた。


「何かあったらすぐ戻ってきていいからな!」

ったく、あの部屋に戻った方が余程何かありそうだっつーのに、何をそんなに心配してんだか。


俺はすっかり吹雪の告白を忘れてそんな事を思っていた。
告白でさえ忘れてたぐらいだから、
俺の首筋には吹雪が付けたキスマークがそこらじゅうに散ってるってことなんざ気付いてさえいなかった。


 

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