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吹雪に襲われているところを皆に見られたあの後。
無事完全体に戻った吹雪は誰もいなくなった部屋で、俺の腕にべたべたと纏わりついてきやがった。
落ち着いてよーっく考えてみりゃ、それは普段の吹雪の行動と大差はなかった。
でもでもよ、犬だと思って飼っていたペットが実は人間でしたって言われたら誰だって吃驚するし戸惑うだろ?
こん時の俺の気持ちもそんなもんだ。
いきなりよ、「隣にいるのは友人でもペットでもありません。貴方に秘かに恋焦がれている人です」なーんて事実を突きつけられてみろって。
な、混乱するだろ?
いままで通り、腕を組むとか普通に無理だろ?
少なくとも俺は無理だ。
大慌てで吹雪の部屋にある自分の荷物を纏めて、元の部屋に戻ったって訳だ。
でも、そこは元の俺の部屋とは全く違う異空間になっていやがった…。
「おう、戻ったぞ。・・・って、えぇっ!?」
暗っ。んで寒っ。
最初に思ったのは、それだった。
俺の部屋はベッドが二つある極普通の洋室だったはずだ。
南国らしく窓も大きくて、開放感のある部屋だったはずだ。
それがなんだ。
今目の前にある部屋は、
窓は全て漆黒の遮光カーテンだかで覆われていて部屋は外光が一切入ってこない。
壁も変な黒い布で覆われて、元の壁紙なんて少しも見えない。
しかも天井の照明も一緒に覆われているから暗いのなんのって。
代わりの照明器具を探すと、見つかったのは燭台だし。
うわーっ…帰りてぇー…。
もうその時点で俺はかなり逃げ腰になっていた。
「なんだ、やっぱり戻ってきたのか」
洗面所から出てきた佐久間が燭台に火を灯す。
…正直まっ昼間なのに真っ暗の中で話すのは落ち着かねぇって思ってた。
だってよ、仄かな明かりがあんな怖ぇえもんだとは思わなかったから。
燭台の明かりに照らされた眼帯で整った顔の佐久間ははっきり言って不気味だった。
なんとか悲鳴を抑えて、挨拶をする。
こんなんで悲鳴なんてあげた日にゃ、俺の硬派なイメージはがた落ちだ。
「…おう、吹雪も元に戻ったしお役御免だ。
今日からまた宜しく頼むな」
「ああ。
実は戻ってくると思ってなかったんで自分の趣味に部屋を変えてしまったんだ。悪いな」
俺の挨拶に、佐久間が謝りの言葉が返ってくる。
なんだ、やっぱり俺達結構上手くいってたんだな。
趣味は理解できないが、なんだかんだで佐久間もいい奴だ。
単純な俺はその言葉一つでこの部屋でまた佐久間と生活しようと思っちまった。
・・・部屋を見回すまでは。
仄かな明かりに照らされて部屋はぼんやりとその全容を現す。
まず目に入ったのが燭台の隣の目んとこに白い薔薇が絡まっている髑髏のオブジェ。
はい、これで俺の体、固まった!
次にやけにごてごてした鳥籠?だか何だかに入った髪の毛の毟られたフランス人形。
はい、これで俺、呼吸止まった!
んで、そんな時に部屋の隅からがたって音がしたらもう悲鳴上げるしかねぇだろ。
「うわっ、な、何だ!?」
佐久間に抱きつき、目を凝らして音のした部屋の隅を見る。
そこに見えたのは一対の瞳。
ただそれだけだった。
「ぎゃあああっ」
力の限り佐久間に抱きつく。
こ、こいつ何を召喚しやがったんだ!?
ま、魔物か!?
この島は変な伝承が残ってやがるし、変な子孫はうじゃうじゃいるし、魔物ぐらいいても可笑しかねぇ。
でも俺は心底ビビッてるつーのに佐久間は、助けを求めて抱きついた俺をぐいっと押し退ける。
「紹介するな。
…ペンギウス・ペンギヌス2世、略してぺんちゃんだ」
……そう部屋が黒くて保護色になっていただけで、部屋の隅にいたのはペンギンだった。
「な、なんだペンギンか。驚かせやがって」
ほっと安心した俺は自分のベッドに腰掛ける。
「あっ、そこは…」
佐久間が慌てて制止するが、時既に遅し。
俺はもうベッドに座っていた。
ぐにょ。
ぐにょ?
その嫌な感触に俺は慌てて自分の腰の下を見る。
「ひぃいいいっ」
部屋が薄暗いから気付かなかったが、俺のベッドは不自然に膨らんでいた。
俺がその上に座ったことによりシーツが少し寄り、中身がほんの少しだけ姿を現す。
そのほんの少しシーツから覗いて見えていたのは見開いた紅い瞳となだらかな額と茶色い髪。
人間そっくりなのに、俺の下にあるのは明らかに人と異なる感触。
こいつやっぱり何か召喚してやがった!!
あ、悪魔か!?
それとも伝承の魔王か!?
何はともあれ、もう無理!
この部屋、無理!
俺には無理!絶対!
なんでこう次から次に怖いもんが出てくんだよ!?
それでなくても暗いってだけでもう既に怖いってのによぉ。
この部屋で夜寝るとか絶対無理!
俺、壁山ほど怖がりじゃねぇけど、それでも無理!!
俺は腰が抜けちまって、立ち上がれない。
がくがくと四つんばいで出口へ向かう。
「染岡!」
途中で佐久間が俺の名前を呼んだけど、もう部屋を振り返るのも嫌だった。
「悪ぃ、俺、無理ぃいい!!」
俺はなんとかドアを開けると、一目散に吹雪の部屋へと駆け出した。
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