14
吹雪が半分狼になって、もう十日が過ぎた。
最初はすごい嫌がっていた吹雪も、すぐ俺の世話を受け入れた。
今では俺が補助しやすい様に協力してくれるし、
それどころか困った事があるとすぐ俺を頼ってくる。
「染岡クン、これ出来ないんだ」
って耳をへにゃりと垂れさせて俺に言ってくる様子は、
ここだけの話だが、
すっごくすっごく可愛い。
俺が身だしなみを整えてやる時に、気持ち良さそうに目を瞑ってるところなんざ、
もう最高に可愛い。
ぎゅってして撫で回したい。
俺はもう吹雪のことを自分のペットみたいに思っていた。
あ”〜、誰かに自慢してぇ。
俺のペットは世界で一番可愛いって。
こんなこと吹雪本人にだって言えやしない。
俺だって一応は自覚がある。
友達をペット扱いすることがどんなに酷いことかは。
でも、でもよ言い訳するようだが、
一生懸命世話している相手が、尻尾をふりふりして俺だけに懐いてくるんだ。
そりゃ、可愛いって思っちまうだろ?
もっと色々してやりたいって思っちまうだろ?
俺は今では吹雪の為に朝早く起きることも苦では無かった。
この日も五時半には起きて、自分の着替えやら吹雪の準備やらをしていた。
このあと軽く自分だけで自主練して、
その後に一度戻ってきて吹雪と散歩、いやランニングをしてから朝食だ。
俺が顔を洗って自分の部屋に戻ってくると、何故かロフトの上でごそごそと動く人影がある。
時計を見るとまだ六時前。
こんな時間に起こしもしないで吹雪が起きるはずもない。
不審に思って、滅多に足を踏み入れない吹雪のプライベートエリアであるロフト部分に登っていく。
ロフトの上にいたのは吹雪本人で、俺は思わずまた時計を見てしまう。
「おい、どうした。随分早ぇな」
俺が後ろから声を掛けると、吹雪の背がびくりと震える。
「そ、染岡クン。なんでこんなに早く起きてるの?」
そろ〜っと吹雪が顔だけを少し振り向かせて言う。
「俺は毎日この時間だ。
てめぇこそ起こされる前に起きるなんて珍しいな。
どうした、何かあったか?」
何気なく言った言葉だったのに、吹雪の背がまたびくりと揺れる。
顔を元の位置に戻して勢い良く顔を横に振る。
「ううんっ、何でも無い」
「そうか?」
まあ、たまたま目が覚めるってこともあるしな。
俺は深く追求しないで、吹雪の肩を叩く。
「じゃあ、折角早く起きたんだし今日は俺と一緒に朝練すっか?」
「う、ううん。僕はいいよ。止めとく」
俺の誘いはあっさりと吹雪に断られてしまう。
「そっかぁ?」
朝のランニングは断ったことが無いから、少しだけ吃驚してしまう。
でも強制するようなことでもないから、それ以上誘うこともしない。
「じゃあ俺は自主練行ってくっけど、お前着替えはどうする?
今か俺が戻ってきた後か、どっちがいい?」
「後!」
俺が最後にそう訊ねると、半分被る様に返事が戻ってくる。
「あ、ああ、分かった」
俺はその迫力に気圧されてしまう。
そのままロフトを降りて、練習に行く為に部屋を出る。
いつも持っていくタオルも、
少しわざと重くしてある練習用のスパイクも持っていないことに気付いたのは、玄関に着いた時だった。
「悪ぃ、忘れ物」
俺が部屋に戻った時、吹雪は服やら何やら荷物が乱雑に散らばった中に座り込んでいた。
吹雪の前には開かれた携帯電話。
俺と目が合い、まずいって感じに顔が顰められる。
「どうしたの、吹雪君。助けてって何かあったの?」
何も言わない吹雪と、携帯から聞こえる基山の声。
一気に頭に血が昇る。
思わず握り締めていた拳。
俺はソレを思いっきり壁に叩きつける。
まだ朝早い時間だってことなんてすっかり俺の頭の中からは消えていた。
「なんで他の奴に助けてなんて言うんだよ!?
なんで俺に言わねぇんだよ!?
てめぇは俺のもんだろーが!!」
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