12



基山クンも個室組の一人で、僕の部屋よりさらに一回り狭い部屋が今は安心感を与えてくれる。
僕がローテーブルに着くと、基山クンは僕にミネラルウォーターのペットボトルを出してくれる。
熱くない水なのも、僕が一人で飲めるようにちゃんと蓋を開けてグラスに注いでくれるのも有難い。


「で、何かあったの?」

基山クンはベッドに腰掛けて足を組む。
それは余裕たっぷりで落ち着いた雰囲気を醸し出していてとても同じ歳とは思えない。
どんな相談や悩みも解決してくれそうな安心感がある。
僕は昨日あったことを素直に口にした。


「昨日ね、染岡クンが僕の頭を何回も何回も撫でてきたんだ。
僕の尻尾と耳を見て嬉しそうに笑うし、しかもそれを僕に隠してるつもりなんだ。
明らかにバレバレなのに。
ね、スッゴク可愛いでしょ?
それでさ、昨日から同室になるのにちょっと無防備すぎるから、警告の意味も込めて少し脅かしたんだ。
首筋を舐めて、
『あんまり可愛いと僕に食べられちゃうよ』
って」

僕は一気にそこまで言うと、基山クンは少しだけ目を見張る。

「へえ、攻めたね」

…そうか、基山クンもそう思うのか。
調子に乗って僕がやりすぎたのが悪かったのかな。
僕はもう一度溜息をつく。

「…うん。
いくら鈍感な染岡クンでも、そこまでしたら流石に気付いたみたいで。
…がたがた震えて僕を怯えたように見てた。
だからさ、僕は一生懸命フォローしようとしたんだ。
でも、でも染岡クンは…」

昨日の染岡クンの姿を思い出すだけで胸が詰まる。
胸が詰まって言葉が口から出てこない。
やっとの思いで出てきた言葉は、小さくて震えていた。


「ぎゃあって、…僕から、…走って、部屋から…」

なんとか声を絞り出し、それだけ言った僕に基山クンが近付いてくる。

「辛かったね」

そっと僕に廻された手は優しくて。
少しだけ僕の抱えきれない想いがその手に移動していく気がした。

ぼろぼろと涙を零し、こくこくと何回も頷く僕の背を撫でてくれる。


「でも、おかしいな。
俺にはとてもそんな事があったようには見えなかったけど」

「え?」

泣いている僕の背を撫でながら、基山クンがぽつりと呟く。

「彼のこと。
彼はそんな事があったのに、普段どおりでいられる様な人間だとは思ってなかったから。
しかも今日の彼は、いつも以上に君との距離が近い気がしたんだけど」

「染岡クンは、…ヒック、僕のこと、…ヒック、放っておけないって。
…無責任なこと、できないって」

僕が泣きながらも懸命にそう言うと、基山クンは困ったように少し笑う。

「本当にそれだけかな?
まあ俺より君の方が彼については詳しいだろうから、これ以上はとやかく言わないけど。
それだけじゃ無い気がする。
何か誤解がある気がするよ。
悲観するのはまだ早いんじゃないかな?」

「そう、…かな?」

「うん、少なくともそんな事があっても変わらない彼の事をもう少し信じていいんじゃないかな?
本当に辛くなったら俺の所に来てもいいし」

微笑んでそう言う基山クンは頼もしくって、なんだか本当にそんな気がしてくる。

あんな風に拒絶しておいて、いつも以上に僕を構ってくる染岡クンが辛かったけど、それも拒絶を乗り越えた上での行動だって思うと、なんだか希望が見えてくる。
一回は手酷く拒絶されてしまったけど、それでも染岡クンは僕の隣にいてくれる。
それはもしかしたら途轍もなく幸福なことなのかもしれない。

そう思ったら抱えきれないって思ってた想いが大分軽くなる。


「基山クン、聞いてくれてありがとう」

本当に基山クンのおかげで悩みがほとんど解決してしまった。

・・・凄いな、基山クンって。


大分気分が向上した僕は涙を拭って、基山クンの部屋を出た。
これからまた染岡クンとべったりの時間が再開するけど、さっきよりは一緒にいても大丈夫な気がしていた。


 

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