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嫌がる吹雪に半ば無理矢理歯磨きを施し、
吹雪飼育生活の初日は幕を閉じた。

今日一日で分かったことがいくつかある。

一つは、吹雪が俺に世話を焼かれるのを嫌がるってことだ。
俺が飼育係りに決まった時は喜んでいたのに変な奴だ。

二つ目は、吹雪は犬そっくりだがあくまで狼だということ。
腹が減ると人さえ襲いかねない。
だから食事には十分気をつけなければならない。

そして三つ目は、思った程俺が飼育係が嫌じゃないってこと。
半分狼の吹雪はいつもの二割増し、否三割、…すみません倍は可愛い。


「なあ、佐久間」

俺は今までの部屋に戻って、ベッドに横になる。
追い返されてきた俺を見て佐久間は明らかにがっかりしていた。
そして布団がちゃんと準備できたら吹雪の部屋に移ると言ったら明らかに喜んだ。
・・・失礼な奴だ。

で、今俺は暗い部屋の中でベッドに横になってまだ起きているだろう佐久間に声を掛けた。

「なんだ?」

迷惑そうな佐久間の声。
今まで二人部屋で結構上手くやっていたと思っていたのは実は俺だけだったのかもしれない。


「俺と吹雪、お前はどっちが天然だと思う?」

俺はそんな佐久間にへこたれずに健気に質問する。

「は?
二人とも同じくらい馬鹿だと思うが」

…馬鹿と天然は違うと思うが。
佐久間って、実は俺の事憎んでるとかねぇか?
真帝国ん時の眼帯、趣味悪りいって思ってたのバレてんのかもしんねぇ。
そうじゃなきゃ説明できないぐらい佐久間は俺の話に興味無さそうに吐き捨てた。

「そりゃ偏差値の馬鹿高い帝国学園のお前からしたら俺らは馬鹿だろうけどよ。
そうじゃなくてどっちが天然かってことだ」

俺がなんとか関係修復出来ないかと穏便な声で重ねて言うと、佐久間はしばし迷うように押し黙る。


「吹雪の方が天然っぽいな」

「そうだろ!?
やっぱそうだよな」

佐久間の答えに俺は心の中で喝采を上げる。
随分悩んだ末の答えって事は当然無視した。

佐久間の答えに満足した俺は、明日に備えて目を瞑る。
明日からは早く起きて吹雪の世話をしてやらなければならない。
特に餌には気を配らなければ。



次の日自分の準備を終えてから吹雪の部屋に行くと、吹雪は未だベッドの中で寝ていた。
俺が無遠慮に吹雪を揺すると、毛むくじゃらの手でむにゃむにゃと目を擦る。

・・・やべぇ、きたコレ。

俺はぎゅっとしたくなったのを抑えて、懸命に心の中で
「これは吹雪、これは吹雪、犬じゃない、犬じゃない」
と呪文のように唱え続ける。
俺が心の中で葛藤していると、吹雪がとろんとした目のまま俺を見つめてくる。
俺と目が合うと愛おしそうに極上の笑顔を俺に向けてくる。

・・・あれ?なんでだ?

・・・今のもなんか…きた。

瞬間固まった俺を、吹雪がぎゅっと胸に収める。
俺が吹雪の胸から逃れようとすると、吹雪が俺を宥めるみたいに背中を叩いてくる。

う〜、どういうことなんだこれは。

混乱中の俺は今の状態を必死に整理する。

朝吹雪を起こしに来たら、逆にベッドに引っ張り込まれた。
起こされるのが嫌で、起こす俺を羽交い絞め。
う〜ん、これだとイマイチ今の状況を説明しきれていない気がする。

俺は吹雪の腕の隙間から吹雪の様子を伺う。
すると吹雪は俺を胸に抱いたまま気持ち良さそうにぐうぐう寝てやがった。

俺はその様子にぽんと心の中で手を打った。

そうか、コイツ寝ぼけて誰か他の子と俺を間違えたな。
やっと納得できる答えを見つけた俺は、落ち着きを取り戻す。

寝ぼけているなら完璧に起こせばいいだけの話だ。
俺は思いっきり息を吸い込む。


「吹雪ぃ!」

俺が大きな声で名前を呼ぶと、吹雪はびくっと体を震わせる。
むにゃむにゃと再度目を擦ると、上に乗かっている俺の姿を見て目を見開く。

「うわああ」

ドンと俺を突き飛ばし、きょろきょろと辺りを見渡す。

・・・なんだその態度、地味に傷付くな。

夢の中で可愛い女の子を抱いていたのに、実際には野郎が胸の中にいたら驚くだろうけど、自分で引きずり込んでおいてその態度は無いんじゃないか?
まあ、昨日吹雪に対して同じような態度とった俺には人の事言えないんだけど。


「やっと起きたか」

俺は起き上がって、小さく伸びをする。
変な体勢だったから疲れた。

「そ、染岡クン!?」

吹雪が頬をピンクに染めて、胸の所で腕をクロスさせて女の子座りで俺の名前を呼ぶ。

――純情乙女か!

「おら、着替え手伝ってやっから早く顔洗って来い」

俺がそう言うと顔を真っ赤にしたまま大慌てで部屋を出て行く。


ったく手間取らせやがって。

俺は勝手に吹雪の着替えを準備しながら、さっきの動揺を全部吹雪のせいにして、心の中で毒づいた。

 

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