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吹雪はまだ少し元気が無いようだったけど、それでも俺にそう言った。

「おう!」
俺はいそいそとおにぎりを吹雪に手渡す。

二人並んで、大分遅い夕食を囲む。

「どうだ、おにぎり上手いか?
もう一つどうだ?」
俺は吹雪に事ある毎にそう訊ねた。
だって吹雪がおにぎりを一口食べる毎に、俺の中で食われる恐怖が無くなっていく。

吹雪だって人間なんて食いたくないに決まってる。
吹雪があんな風に切羽詰る事がない様に、これからは俺がちゃんと面倒みてやらねぇと。
俺は吹雪がおにぎりを食うのを見ながら、決意を新たにしていた。


「染岡クン、さっきはごめんね。
…もうあんなことしないから安心して」
吹雪はずっと無言で食事を続け、
最後に味噌汁を飲み切ったお椀をテーブルに置いてから、泣きそうな顔で俯いたまま俺にそう言った。

「おう、俺もお前が我慢しなくて良い様に頑張るから何でも言ってくれ」

俺の言葉にぷっと吹雪が噴き出す。
俺は大真面目に言ったんだけどな。
吹雪は一頻り笑った後、目尻の涙を拭って俺の方をやっと見る。

「染岡クンって結構天然だよね。
…そんなのだから嫌いにもなれない」

「はあ!?絶対お前の方が天然だって」
純粋培養天然野郎から、天然なんて言われたくない。
自慢じゃないが変人揃いの雷門中ではこれでも常識人で通ってるんだ。

「いーや、染岡クンには勝てないね。
十人中十人が染岡クンの方が天然だって言うに決まってる」

「んな訳ねぇだろ!?
じゃあ賭けるか?
明日メンバーに聞いてみて、負けた方がマッサージな」

「…やっぱり天然だ。全然頑張ってないじゃないか」
俺の賭けの提案に吹雪がぶつぶつと文句を言う。

「んだよ、逃げんのか?」

「そうじゃなくて、マッサージじゃ無い方がいいな。
するのも、されるのも避けたいから」

「そうか?
じゃあ寝る場所を先に選べるってのでどうだ?
まだ場所決めてなかっただろ」
マッサージの他っていうと中々良いのが思い浮かばない。
おかず一品とか賭けて自分が食われてたら元も子もないし、
吹雪の手では出来ることも限られてるしな。

俺がそう言うと吹雪が首を傾げる。

「じゃあ、今日の夜はどうするの?
僕の部屋はロフトがベッドみたいなもんだし」

「んじゃ、二人でロフトに寝りぁいいだろ。
布団も無ぇし、荷物降ろせば結構広かったしな」
俺が即答すると、吹雪は何故か急に怒り出す。

「だから全然頑張ってないじゃないか!!
さっきから人の気も知らないで!」
立ち上がって俺を睨む。

「悪いけど今日は誰か他の人の所に泊めてもらって。
明日になったら部屋を変えてもらうか、布団もう一組用意してもらうから」
そう言うと未だ座ったままの俺を、お構い無しにぐいぐいとドアの方へと押す。
ごろんと転がった俺をそれでも吹雪は押し続ける。

「ちょっ、おい、分かったって。
だから押すなって」
俺が慌てて立つと、吹雪の手も弱まる。


「分かったよ、そんなに一緒に寝るのが嫌なら他で寝るから。
でも、その前に…」
俺は改めてもう一度床に正座する。

「歯ブラシしてやっから持って来い。
お前そんな手じゃ歯ブラシも出来ねぇだろ」
俺はそう言って、正座した太腿を叩く。

人に歯ブラシしてやったことなんかねぇが、確か小さい子供にはこうやってるのをCMかなんかで見た記憶がある。
歯ブラシも耳掃除と同じでこのスタイルがスタンダードだろ。

でも、そんな俺を見て吹雪は今度はがっくりと項垂れてしまう。
床に手をついた、これも項垂れのスタンダードスタイルだ。


「染岡クン、絶対わざとだよね?
心から反省してるから、もう許して」

「???
いいから早く持って来いよ」


「…絶対天然は染岡クンだ」


 

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