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我慢が利かないなら、今は絶対吹雪と一緒に居たらヤバイ。
俺は廊下を全速力で走り抜ける。
俺はすっかり忘れていた。
アイツは大型犬なんかじゃない。
『狼』だってことを。
狼だって覚えていたとしても、そんなことが起きうるなんて考えたくなかった。
いくらなんでも、そんなことある訳がない。
俺はアイツのことをただのチームメイトってだけじゃなく、
気の合う友達、…親友だって思ってた。
なのに、アイツは…。
アイツは…。
いくら腹が減ったからって俺のこと食べようとするなんて酷すぎるだろ!?
俺はとりあえず食堂へ向かう。
そこではちょうどマネージャー三人がおにぎりを握っていた。
「あれ、染岡君。取りにきてくれたの?」
俺に気付いた木野が声を掛けてくる。
「いや、そうって訳じゃねぇが…。
悪ぃけど、おにぎり多めにしてくんねぇか?
俺も手伝うから」
吹雪を早く満腹の状態にしねぇと、この宿舎で殺人事件が起きてしまう。
でも俺の焦りをよそに、木野は呑気に笑って言う。
「そんな気を使わなくても大丈夫だよ。
もう出来たし。
おにぎり、どこで食べる?
ここで食べるなら私、吹雪君呼んでくるよ」
「!!」
腹ペコ吹雪のところへ俺より数倍美味しそうな木野を一人で行かせるなんてこと絶対出来ない。
そんなことしたら吹雪の我慢が擦り切れて、
明後日くらいには日本の朝刊の一面に載ってしまう。
「いい、いい、そんなことしなくていいって!
部屋で食うから、何かに乗せてくれ」
俺は大慌てで木野を押し止める。
でも木野は命の危機だったっていうのに呑気なままだ。
「じゃあ、一緒に持っていくよ。
お味噌汁も作ったから、一人じゃ持ちきれないだろうし」
「・・・」
俺はその言葉に少し考え込む。
木野を腹ペコ吹雪のところへ連れていくのはヤバい。
でも、はっきり言って一人で吹雪の所へ戻るのも怖い。
もし木野に吹雪が襲い掛かっても、俺が少しの間なら庇うことが出来るのではないか?
その間に木野に助けを呼んでもらえば、最悪の事態は免れる。
うん、はっきり言って、この方がいい。
「おう、じゃあ頼むわ」
まさか俺の中でそこまで計算され尽しているとは思わない木野は、
俺の言葉にあっさり頷く。
俺がおにぎりの盆を木野が味噌汁の盆を持って部屋の前に立つ。
「どうしたの?」
大きく何度もドアの前で深呼吸する俺を訝しそうに木野が見てくる。
「なっ、なんでもねぇ」
まさかドアを開けた瞬間に吹雪が襲ってきた場合に備えてシミュレーションしてるとは言えず、
俺は言葉を濁してドアをノックする。
「入るぞ〜」
小さく声を掛けて、そろそろと部屋のドアを開ける。
きょろきょろと辺りを見ても、吹雪が襲ってくる気配は無い。
俺は一先ずほっとして部屋のローテーブルにおにぎりを置く。
木野も味噌汁を置くと、笑顔で帰っていった。
「お〜い、吹雪〜」
とりあえずの危険が去ると、途端に部屋に吹雪の姿が見えないのが心配になってくる。
食べ応えのある壁山辺りの部屋に行っていないかドキドキしながら、吹雪の名前を小さい声で呼ぶ。
「染岡クン…」
でも、ちゃんと吹雪は部屋にいた。
荷物置き場兼寝床になっているロフトから、ゆっくりと降りてくる。
降りてきた吹雪は顔色が悪く、人を殺めた罪悪感かと心配になってくる。
でも、吹雪の服に血の跡は無く、
走っていった俺よりも早く誰かを食べれるはずも無いと思い直す。
「染岡クン、戻ってきたんだ…」
「おう、当たり前だ。
んな無責任なことできっか!
まだちゃんと腹減ってるか?早くおにぎり食え!!」
元気のない吹雪におにぎりをずいっと差し出す。
早く満腹にせねば、こっちの身が危ない。
「責任…。責任か…」
でも吹雪はおにぎりに見向きもしない。
「責任感だけで僕と一緒にいるんだったら、無理しなくていいから」
吹雪は俺の方を一切見ないで言うと、ロフトに戻る為か俺に背を向ける。
おにぎりなんて一瞬でも目に入ったようには見えない。
「待てよ!」
俺は吹雪の腕を掴む。
「無理なんてしてねぇって。
俺はお前と一緒に食いてぇんだ。
な、俺と一緒におにぎり食おうぜ」
むしろこんな状態の吹雪を置いてどこかへ行く方が精神に悪い。
そもそもこんな状態にしたのは俺で、
そのせいで吹雪が殺人犯になったりでもしたら悔やんでも悔やみきれない。
そんな苦悩を吹雪に背負わせる訳にはいかない。
俺は吹雪をまっすぐ見つめる。
吹雪はそんな俺を見て、戸惑うように目を泳がせた。
「…染岡クンは僕が怖くないの?」
暫く眉を寄せて逡巡した後、吹雪がぽつりと訊ねてくる。
・・・俺があんなに怖がったのを気にしていたのか。
「そりゃあ!
…そりゃ、全然怖くねぇって言ったら嘘になるけどよ。
でも、でもよそれ以上にお前の事、ほっとけねぇんだよ。
そんなお前を一人にしておけねぇ」
半分狼になるなんて異常な状態で、
しかも友人を食べそうになるほど腹が減っていて、
そしてそんな自分を悔やんでいるっぽい吹雪を放ってはおくなんて出来やしない。
俺がそう言うと吹雪は眉をへにゃって下げた。
泣きそうな顔に、思わず腕を掴んでいた手の力が弱まるが、
吹雪の揺れる尻尾を見て顔が緩む。
「染岡クン、一緒に…おにぎり食べよっか」
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