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鬼道はそわそわと落ち着かない様子のその1その2を睨みながら、じりじりとケータイの呼び出し音が虚しく何回も鳴るのを聞いていた。
向こうからは1年が早くも着替えを終えて、帰宅につこうとしている。
まだユニフォーム姿の4人を目に留め、一年生達は遠くから手を振りぺこりと頭を下げた。
鬼道は中々反応のない電話に苛々しながら、それに軽く片手を挙げる。


「……もしもし?」

それと交互したかのように、半田は小さな声でその電話に出た。
20回を軽く超える呼び出し音に根負けしたのだろう。
その1その2&最警戒人物の動向にやきもきしていた鬼道は、やっと電話に出てくれた半田に急いたように声をあげた。
半田の警戒心剥き出しの声を危ぶまないなんて、それだけ鬼道は注意しなければならない事が多すぎて散漫になっていた。


「半田か!?
急に学校を休むから心配したぞ。
……大丈夫か?」

「……あー、…うん」


半田の返事には普段の明るさが微塵もない。
これには鬼道も流石に胸を打たれた。
厳重に釘を刺したうえで最警戒人物にその1&その2を任せて見舞いに行こうかと鬼道が本気で思うぐらいに、半田の声は暗く沈んでいた。


「…昨日の事を気に病んでいるのなら、悪かった。
直接謝りに伺いたいのだが、これから行ってもいいか?」

だが鬼道がそう訊ねた途端、半田の声は異常な程に跳ね上がった。


「ばっ!
馬鹿、いいよ!そんなの!!来んなって!!
あー…、そう!!俺、熱あるし!!
きっと風丸のが移ったんだよ!!
医者にもインフルって言われたし!!
見舞いなんか来たらインフルエンザ移るかもしんないし!!」

半田はそこで一旦言葉を切ると、真剣みを帯びた声で頼み込んだ。


「……絶対、絶対に来るな。
俺、今は誰にも会うつもりないから」


頑なな半田の態度に鬼道は内心はぁーーっと長いため息をついた。
半田の事は確かに心配だが、ここまで強硬に拒否されてしまっては家に赴く事も難しい。
しかもインフルエンザが移るから来るなと己の身を心配するような事まで言われてしまうと、無理して行くのも気が引けてしまう。
鬼道は仕方ないとばかりにケータイを持つ手を換えた。


「半田。
円堂の事はあの後、一之瀬と土門にもバレてしまったんだ。
お前一人が気に病む必要なんて無い。
……なんでも俺に言ってくれ。せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しい」

真摯な態度で臨んだはずだったのに、鬼道の言葉はただ半田を激高させただけだった。


「謝るなッ!!」

鬼道が微かに息を呑んだ間に、半田は言葉を続けた。


「何にも無かったんだから、そういうこと言うな……」

そして鬼道が掛ける言葉に悩んでいる間に一方的に通話は切られてしまう。
謝罪さえ受け付けない半田に、苦い後悔が鬼道を襲う。
半田を半ば無理矢理犯した理由も、大切な存在を守る為という大義名分は一応あるものの、その実は円堂を自分だけの存在にしておきたいという利己的な理由が大半をしめる。
そんな想いで行動した結果がこれかと思うと自分自身に苛立ちが募る。
半田を踏みにじったというのに、円堂を独占するどころか今では虎視眈々と狙う人間が倍になっている。


「半田、なんだって?」

「インフルエンザが移るから来るなと言われた」


結果は察しているだろうに一々詳細を訊ねてくる土門にさえ苛立ちを感じる。
鬼道は思案顔の土門に短く言い捨てると、部室の方へと歩き出す。
鬼道が歩き出すと、遅れてなるものかと豪炎寺と一之瀬も勇んで進みだす。
なんでも分かっているかのような土門も癪に障るが、なーんにも考えていないであろう二人はもっと鬼道を苛立たせる。
一之瀬は兎も角も、豪炎寺など自分と同じように半田を傷つけた立場だろうと思うのに、鬼道と違って豪炎寺はそれ程気に病んでるようにはみえない。
それどころか円堂独占計画を練っているに違いない。
自分が繊細すぎるのか!?と豪炎寺を見ていると寧ろそう思ってしまいそうになる。
その1、その2を警戒しつつ連絡を取ったというのに、結局半田については何の対応も出来ていないという自覚が鬼道の神経を逆立たせた。


ああ、円堂に早く会って癒されたい……!


気鬱に飲み込まれそうになった鬼道は夕日に染まった空に、愛しい円堂の笑顔を思い浮かべた。
ぐだぐだと思い悩んでみても半田の件に関しては何も出来ない。
半田自身がもう少し落ち着くまではそっとしておく事が寧ろ最良の解決策だとしか思えない。
半田を踏みにじってまで手に入れた円堂を他の男に浚われてなるものかという想いが、鬼道の歩みをだんだんと小走りに変えていく。
そうなるとすぐ後ろを歩いていたその1その2の足も駆け足に変わっていく。
後ろの方から「あーぁ、こりゃまた暴走確定だな」と呆れて呟く土門の声が聞こえたような気がしたが、全力疾走中の鬼道の耳には届かなかった。
当然、途中ですれ違ったマックスや目金は無視された。
ケータイ片手に誰かに電話しながら歩いていたマックスは仕方ないにしても、
「やあ、鬼道君!遅かったですねー。僕なんかもう着替えも済んで帰るところですよ」と何故か自慢げに話し掛けてきたのに無視された目金は可哀想だった。
影野なんかすれ違った事にさえ気づかれもしなかった。


「円堂ッ!!」

バーンと音を立てて、鬼道は部室の古くぼろいドアを壊さんばかりの勢いで開けた。
そこには先に部室に戻ったはずの円堂が自分を温かく出迎えてくれるはずだった。


「ん……ッ、きどぉ…ッ」


だが、鬼道がドアを開けると目に入ったのは笑顔の円堂ではなかった。


「わり…、ンッ、……待ちくたびれちゃったぁ…ッ」


染岡に裸の胸をちゅうちゅうされて謝る円堂さんの姿だった・・・。
瞬く間にがくっと膝から崩れ落ちる鬼道。
まさに再起不能の瞬間だったと、目撃者の一人である土門は後にそう語ったという……。

 

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