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あの男が運んできた闇は少しずつ俺達の周りを色濃く囲み始めた。
最初は気づかないくらい少しずつ・・・。



「おい、風丸。お前本当にいいのかよ。
ネックレス貰わなくて。
コレ、効果絶大だぞ」

あの日の染岡は嬉しそうにジャンプしながら俺に言った。


あのネックレスの効果は嘘ではなく、着けた次の日の検査から染岡たちは著しい回復を見せ、医師達を不思議がらせた。
三日もすると怪我の痛みはほとんど無くなった様で、染岡達は早く退院したいと訴えるようになった。
だが、異常な回復の早さは医師達を不安がらせ、繰り返しの精密検査を課し、素直に退院させてはくれなかった。

そうなると、染岡達は面白くないようでだんだんと荒れるようになった。
次第に口汚く医師を罵るようになり、物にあたるようになった。


「チッ、本っ当うぜぇな、あの医者」

毎朝の検診から戻ってくるなり、染岡は病室のゴミ箱を蹴り上げた。
部屋にゴミが散らかるが片付ける者は誰もいない。
仕方なく俺が片付ける為、松葉杖で向かう。

「やっちゃう?」

半田がニヤニヤしながらなんでも無いように言い出した言葉に、俺はぎょっとしてゴミを拾う手を止める。
冗談にしても酷い内容と、例え冗談にしても半田がそんな事を口にした事に俺は驚いてしまった。
普段の半田はそんなたちの悪い冗談を言うようなヤツじゃない。
それなのに半田の言葉に驚いたのは俺だけだった。
皆、半田の言葉を聞いた途端、喝采を上げた。


「それいいでヤンスね」

まるで遊びの誘いを受けるように栗松が明るく言う。

「俺のクンフーヘッドを受けたら少しは頭が柔らかくなるんじゃないですかね」

少林がサッカーの技を言い出すと皆は一気に盛り上がる。

「思いっきり暴れたら俺達がもう元気だって身をもって分かるんじゃないですか」

宍戸がそう言うと皆は揃って病室を出て行こうとする。
あまりに普段の皆の言動とかけ離れていたせいで俺は皆の会話を非現実的に感じていた。
ほ、本気か・・・!?
たちの悪い冗談だと思いたかった俺は、それでも半信半疑で病室の入り口に立ちふさがる。


「お前達どうしたんだ!?
本気でそんなことする気じゃないんだろ!?」

俺は必死の思いで染岡の腕を掴む。
だが返ってきたのは、普段の染岡からは想像もできない程冷たい視線だった。

「なんだ?お前も俺達の邪魔すんのか」

染岡に射竦められ、俺は思わず掴んだ手が緩んでしまう。
その隙に染岡は俺の手を剥がし、思いっきり突き飛ばす。
松葉杖の俺は体を支えることもできず簡単に転んでしまう。
起き上がることも容易ではない俺を薄く嘲笑すると皆を引き連れて部屋を出ていく。
これが本当に現実なのか?
愕然とする中で、起き上がろうとすると走る痛みだけが不釣合いな程現実的だった。
俺しか止める人間はいないのに、起き上がることが出来ない。


「だ、誰か止めてくれ…!」

床に這い蹲りながら誰もいないと知りつつ助けを求める。
この不穏な雰囲気をどうにかしてくれるなら誰でもいい。
染岡達が医師に暴行を加えるなんて絶対あってはならない。
止められない自分が悔しくて目を瞑ると、場違いな程緊迫感の無い声が聞こえてくる。


「おや、何かあったんですか?」

病室の外には、青白い顔をしたあの男が立っていた。

「おい、邪魔すんな!」

染岡が仇敵に出会ったように迫力のある顔で睨むが、男は平然としている。
それどころか微笑を浮かべて嬉しそうでさえあった。

「何をするつもりだったかは知りませんが、
外出許可は取ってあるので今日はわが社でサッカーをしませんか?」

君達のデータを取りたいですし、リハビリを兼ねてねと笑いながら男は馴れ馴れしく染岡の肩に手を置く。
サッカーの一言に先ほどまでの目的を忘れ、染岡たちは大喜びだ。
不穏な空気が薄れていく。


「下にわが社のバスを用意してありますので、先に行っていてください」

男がそう言いながら立ち塞がったドアの前から退いても、もう染岡達は大丈夫だった。
染岡たちは大人しく男の言葉に従い、病室の奥にある医務局とは別の方角へと向かう。
無事医師への暴行事件は回避できたようだ。


「あ、ありがとうございました。
貴方のお陰で染岡達を止めることができました」

俺は未だ立ち上がれず片足をついたまま、男に礼をした。
あんなに忌み嫌っていた男だったが、警戒心よりも染岡達を止めてくれた感謝の方が勝っていた。
男への嫌悪はもう俺の中から消えていた。


「彼らの怪我はもう大丈夫のようですね」

男が起き上がれない俺に手を差し伸べる。
俺は素直にその手を掴んだ。

「はい、もうすっかり良いようです。
だからこそ、ただ病院でじっとしているのが辛いみたいで。
体を動かせば少しは落ち着くと思います。
今日は皆を宜しくお願いします」

手を握ったまま頭を下げた俺に、男は目を細めた。


「そんなに心配なら貴方も来ませんか?」

「俺は・・・」

染岡達が怪我が治り着々と復帰の準備をしているのに、俺は未だ弱い自分を克服できていなかった。
そんな俺があいつらの練習をただ眺めているのは想像するだに辛い。
あいつらは仲間のところに戻ろうと必死なのに俺は仲間を見捨ててきたのだ。


俺はまた力なく首を振る。

「そうですか、ではまた来ます」

男はやはりその日も微笑を浮かべてそう言った。


 

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