6



「てーへんだ、てーへんだぁー!」

丁度一週間前と同じように綱海が朝一番で廊下を騒ぎながら走りぬける。

――…うぅ、今何時だ?

その喧しい声に佐久間は枕元の時計を見る。
5時。
佐久間が目を擦ってもう一度確認しても、その時計は5時を指し示していた。

――後で殺す。

佐久間は時計を持ったままうつ伏せで眠りについてしまう。
先週、同じように早朝の騒ぎがあって、それに参加しなかったことを死ぬほど悔やんだ事も忘れて、
速攻二度寝へと落ちていったのであった。


低血圧佐久間や、不動といった騒ぎに動じない面々を抜かして綱海の部屋の前に続々とメンバーが集まってくる。
皆一様に寝ぼけ眼だ。

「ったく、なんだよ朝っぱらから」

朝の早いじじぃ染岡でさえ5時は少々早く不機嫌そうに頭を掻く。

「それがよ昨日四人で寝てたらよ」

「四人?」

バターン!
綱海の説明に皆から疑問の声が上がった途端、狙ったかのようにドアが開き、綱海を強打する。
中から開いたドアから顔を覗かせたのは立向居。
少し気まずげにしている立向居が皆を中へと招待する。


「えっと、見てもらった方が早いと思います。
急にですね二人が大きくなっちゃったんです」

そういって中が見えるようにドアを大きく開け広げる。


部屋の中には何故かぴたりとくっついて並んでいる二つのベッドがある。
宿福は全部屋一人部屋のはずだし、こんな重たいベッドをどうやって…。
と平素なら思うはず。
ただ、その光景よりもさらに上を行く光景がそのツッコミを皆から封じてしまう。


・・・ベッドの上には20センチくらい大きくなった円堂と、
同じく20センチくらい大きくなって髪型がドレッドになった鬼道が寝ていた。



「なんじゃこりゃああ!?」

皆の大きな声に小さい鬼道がびくりと体を震わせる。

「んん…なぁに?」

むにゃむにゃと目を擦りながら起き上がると、小さな鬼道は自分を囲む知らない人達に驚いたように目を見張る。


「…おはようございます」

すぐさまベッドから降り、佇まいを正して挨拶をしてくる様子は、
先程の起きたばかりの幼い様子とは異なり、随分と大人びて見える。

「すみませんが、ここはどこですか?
鬼道の屋敷ではないようですが…」

鬼道は自分を取り囲む年嵩の少年達に臆することなく訊ねてくる。
その様子は、寄せられた眉と不安げに揺れる瞳さえ目に入らなければ、
一切の動揺など無いように見える。
不安を表に出す事無く、自分達を警戒している様子に気付けた者は、
昨日までの無邪気な姿とのあまりの違いに秘かに溜息を吐いた。


「ここはサッカー日本代表チームの宿舎だよ」

鬼道の警戒心に気付けた一人でもある風丸が、宥めるように答える。

「…そうですか」

風丸の答えに鬼道が何か思案するように俯く。

「あの、総帥はどこですか?
少しお聞きしたいことがあるんです」

鬼道の言葉に皆一様に黙り込む。

・・・総帥。

何の形容詞がなくても、鬼道の口から出た総帥の言葉が誰の事を指すか、ここに居る全員が理解している。
そして彼がどこにも居ないことも。


「影山はここには居ないよ」

誰もが口を閉ざす中、春奈だけが毅然と答える。

「どういうことですか?まだ俺は何の指示も受けていない!
あの人が何も言わずに俺を置いていくなんて信じない!」

毅然とした態度が鬼道には冷淡なものに見えたのか、
一気に不安が爆発したかのように激昂する。

「お兄ちゃん…」

春奈の呟きにも鬼道は気付く様子も無い。

「俺がいつまでも春奈の写真を捨てられないから置いてかれたんですか?
中々甘さが抜けないから見捨てられたんですか?
…それともこの前『影山のおじさん』ってつい呼んでしまったことを本当は呆れてたんですか?」

鬼道はぐっと下唇を噛み締める。
それはどう見ても泣くのを堪えている姿だ。

知らない場所で知らない人間に囲まれて目を覚ますより、
この幼い鬼道にとっては影山が何も言わないで不在になってしまったことの方が辛いらしい。

春奈は影山が全てな幼い鬼道の姿に、手から血の気が引くくらい強く自分のジャージを握り締める。

この幼い鬼道は自分の記憶にある中では一番現在に近い姿。
たぶん自分と別れたばかりの兄。

兄は自分との時間より長く、影山と一緒の時間を歩んできたのだ。
そして今、目の前にいる幼い鬼道はその一歩を踏み出したばかり。
これからどんな結末を迎えるかを知っているとはいえ、
その過程は自分には知る由も無い。
そして兄妹である自分と言えど、無関係な自分がその間に立ち入ることは出来ない。
自分だけじゃなく、他の誰も。


「有人君が寝てる間に急用が出来ただけだよ。
心配しなくても影山さんはすぐ有人君の処に来るよ。
だってあの人が有人君を手放すはずないもの。
だからそれまでここで一緒にサッカーの練習して待ってようね」

未来を思い複雑な心境で春奈が笑いかける。
それでもその言葉に迷いは無かった。



「ねえ染岡クン」

「なんだよ?」

「こんなに騒いでるのにキャプテン全然起きないって凄いね」

「てめぇ神妙な顔してると思ったら、こんなしんみりムードん中でそんな事考えてやがったのか!」

シリアスど真ん中の展開に耐え切れなかった吹雪に、染岡のツッコミが綱海の部屋の片隅で炸裂していた。


 

prev next

 

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -