三才茸
「てぇーへんだ、てぇーへんだー!」
まだ朝食も済んでいないような、朝早い時間に、
まるで時代劇の岡っ引きのようにイナズマジャパンの宿舎に綱海が飛び込んでくる。
「円堂さーん!円堂さーん!」
いつもの名前を鬼気迫る勢いで呼びながら立向居が後に続く。
「な、何?」
入り口から程近い食堂で朝食の準備をしていた木野が不思議そうに声を掛ける。
綱海と立向居の大声に続々と皆が何事かと玄関に集まってくる。
「なあ、これ!
このちっこいの!円堂と鬼道に似てねーか!?」
綱海は背中に背負っていたモノを前にぐいっと持ってくる。
綱海が腋の下を持って抱き上げたまま前に差し出した子供。
その子は、肩が片方出てしまう程だぶだぶの白いTシャツを着て、
首にはサイズが大きくてずり落ちてしまったであろうゴーグルを掛けている。
髪はくりっくりの巻き毛で、瞳は赤く、くっきり二重の大きな目は目尻が吊り上っている。
「え?えーっと…?」
集まった面々は一様に首を傾げる。
綱海は円堂と鬼道に似ていると言うが、
円堂には全く似ていないし、
そもそも鬼道はゴーグルとドレッド、マントのイメージが強すぎて、ぶっちゃけそれ以外の部分のイメージが希薄だった。
でも、流石に
「いや〜、鬼道ってトレードマーク多すぎて実は顔よく知らねーわw
顔知らなくても鬼道を間違えることねーしww」
とは言えず、皆一様に口篭る。
(因みに佐久間は重度の低血圧で、
普段から喧しい綱海がいくら騒いだどころで動じない為、ここには来ていない)
――というより、これって誘拐じゃないのか…?
綱海は、チームメイトに似ているという緩い理由だけで、
二、三才の幼い子供を勝手に連れて来ているのだ。
しかも似ていると言っても、共通点はゴーグルしかない。(推測)
――綱海、馬鹿だとは思っていたが、ここまでヤバかったとは…。
チームの面々は困惑の、というか可哀想な目で綱海を見つめる。
チーム最年長の株が大暴落している最中に、
先程からキョロキョロと挙動不審に辺りを見渡していた立向居が焦れたように大声で呼ぶ。
「円堂さん!円堂さんどこですか!?」
そう叫ぶ立向居の肩には、小さな手がちょこんと見える。
――え!?もう一人子供居たのか?
二人も子供を連れて来ている。
しかも綱海だけじゃなく、常識的な立向居までもがこんなにも慌てている。
その上、こんなに立向居が大声で呼んでいるのに、
いつもだったら、いの一番に騒ぎの中心に来る円堂が、いつまで経っても来る気配さえ無い。
・・・嫌な予感しかしない。
「おい、その子供達どーしたんだよ?」
「森の中に二人だけで泣いていたんです。
この子達の周りにはうちのジャージが散乱してて…。
もしかして円堂さんと鬼道さんだったらどうしようと思って、俺、俺…っ」
皆を代表した染岡の質問に、立向居が半分泣きそうになりながらも背負っている子供を降ろす。
その子は先程の子供と同じように肩が露になるくらい大きいTシャツを着て、首にはオレンジ色のバンダナがかかっている。
その顔は…。
「円堂!?」
どこから見てもイナズマジャパンのキャプテン円堂守、その人であった。
その顔を見た途端、玄関に居る皆は一斉に紛糾しだす。
「うわー、円堂と鬼道に似てるってこういう意味かー!!」
「な、なんでこんなに顔が同じなんだ!?
ドッペルゲンガー?ドッペルゲンガーなのか!?」
「ドッペルゲンガーってより、分身フェイントだろ!?」
「どっちも二人は使えないって!」
玄関は朝から混乱の坩堝と化す。
そこへ洗濯物を干していた春奈が呑気に戻ってくる。
「なんの騒ぎですかー?」
好奇心旺盛な春奈は、騒がしい玄関の様子に興味深々だ。
「あ、あのね音無さん。今、円堂君と鬼道君のね…」
木野の説明の半ばで、二人の子供の存在に気付いた春奈は、
その一人に目を見張る。
「お兄ちゃん…」
春奈の呟きは、更に玄関を混乱に陥れるには十分なものだった。
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