表



俺が福岡で怪我をして稲妻町の病院に入院してすぐ、その男はやってきた。
にこやかで丁寧な態度を崩さないその男がまさかあんな災いを運んでくるとは、その時の俺は少しも思っていなかった。

そして、俺が悪いことだと知りつつ、その男の手を取ることになるとは夢にも思っていなかった。
・・・思ってもいなかったんだ。



「こちらが雷門中の皆さんが入院されている病室ですか?」

コンコンというノックと共に入ってきた男は、今までお見舞いに来たどんな人達とも違った雰囲気を纏っていた。
明るく清潔な病室にほの暗い闇が入り込んだような言いようのない不安がその男の周りには漂っていた。

「そうですが、誰かに御用ですか?」

入り口に一番近い場所にいた俺がその奇妙な闖入者に警戒心も露わに声をかける。
だが、青白い顔をしたスーツの男はその第一印象とは異なり、にこやかな笑顔を俺に向ける。

「君は風丸君ですね。
エイリア学園との戦い、TVでずっと応援していましたよ。
握手してもらってもいいですか?」

胡散臭い笑顔を顔に貼り付けたまま、男は俺に向かって手を差し出してくる。
断る訳にもいかず、手を握ると男の手はやけに冷たく不気味なものを感じる。

「怪我残念でしたね」

俺の手を握ったまま、瞬きさえしない。
手を離し際に男が不気味な笑いを浮かべたと思ったのは俺の見間違いだったのだろうか。


「今日は皆さんにお願いがあって来ました」

男は俺の手を離すと、皆を見渡した。
持っていたアタッシュケースから鈍く光る石のついたネックレスを取り出す。

「これはわが社が開発した体の機能を高める効果があるネックレスです。
効用の一部に怪我の治癒力を高める効果もあります。
これを是非皆さんに使って頂きたいのです」

「え〜、そんなの本当に効くのかよ!?」

男の藪から棒な提案に半田が疑問の声をあげる。

「なんかエッチな雑誌によく広告が出てるヤツみたいでヤンスね」

栗松が男の取り出したネックレスに顔を近づけながら言う。
そんな栗松の失礼な発言に男は苦笑いを浮かべる。

「うちのは確かな認証実験もしてるし、効能も確かなんですけど、君達にとってはああいう輩と大差ないように見えるかな」

仕方無さそうに肩を竦める姿は大人の余裕さえ感じさせた。


「これって幾らなんですか?
俺、金なんて持ってないですよ」

「俺達のこと騙そうとしてるんじゃないですか?」

少林と宍戸が胡散臭そうに男を見る。
スピリチュアルだかおまじないだか知らないが、二人がそのネックレスを信じていないのは確かだった。


「お、鋭いですね」

男がそう言うと二人はえっと目を剥く。

「ふふ、冗談ですよ。
騙すつもりならもっと大人を狙いますよ。
お金の無い中学生じゃなくてね。
そんなんじゃなくて、ちゃんとビジネスとして来たんですよ」

そして再度ぐるりと俺達を見渡した。

「君達は今、日本で一番有名な雷門中サッカー部の一員です。
その君達が通常より早く怪我が治り戦線復帰したとなると宣伝効果は莫大になります。
有名な選手にスポーツメーカーのスポンサーが付くのはよく聞くでしょう?
プロ選手のシューズと同じような感覚でこのネックレスを広告塔としていつも身に付けていてくれるだけでいいんです。
それがわが社にもメリットになる」

きっぱりと言い切る男に、皆から騙されるとか胡散臭いといった疑いの気持ちが薄くなったのが分かる。
占いや呪いよりも広告塔という言葉は無料で商品を受け取る事の抵抗を俺達からなくした。
ついに染岡がネックレスを手にする。

「俺はやるぜ。
俺は一秒でも早くあいつらのとこに戻らなきゃなんねーんだ。
怪我が今すぐ治るんなら俺は何でもやってやる」

染岡がそう言うと皆の手が次々とネックレスへと伸びる。

「そうだな、怪我が少しでも早く治るんならそれに越したことはないもんな」

半田がネックレスを手に染岡に笑いかける。

「あんな悔しいの、もう嫌ですもんね」

少林がそう言いながらネックレスを受け取る。

「詐欺とかじゃなさそうだしな」

宍戸がそれに続く。

「やるでヤンス!」

栗松が明るく言う。


「おい、お前らはどうする?」

染岡がいつまでも動こうとしない俺とマックス、影野に訊いた。

「ま、いっか。
こーゆーの信じてないけど、くれるって言うんだしね」

肩を竦めたマックスは、ネックレスを二つ受け取り影野に渡す。
影野もそれを拒むことなく受け取った。
結局最後までネックレスを取ろうとしないのは俺だけだった。


「風丸君はどうしますか?」

スーツの男は責めるでもなく静かに俺に訊いた。

「俺は・・・」

俺はあの果てしない戦いに戻ろうと思える程強くはなかった。
そう思える程、気力も体力も回復していない。
もしかしたらそう思える事はもうないかもしれない。
仲間を見捨てることになっても、あの前をまっすぐ見つめる円堂の傍にいるのは辛かった。

力なく首を振る俺を男は微笑みを張り付かせたままじっと見つめ呟く。


「また来ますね」


 

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