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ついに一人になってしまった染岡に、ゆっくりと風丸が近づいてくる。
夜空のような浴衣を纏い、白い胸元と太ももの内側を露わにしたまま風丸は、女でさえ中学生には到底出しえない色香を漂わせながら艶美に微笑む。
「染岡も来いよ。
もうお前しかいないのに、まだ意地を張るのか?」
染岡の首に腕を廻し、足を絡ませ、いつもと変わらない口調で商売女のように染岡を誘った。
颯爽とした姿でフィールドを駆け抜けていた風丸と同一人物とは到底思えなかった。
「お前に何があったんだ!?
あんなマックスを煽るような真似までしやがって。
てめぇがあいつらの友情壊したんだぞ!?
俺達はお前を助けに来ただけだってぇのに!!」
どんどん顔を近づけてくる風丸から顔を逸らすこともせず、毅然と染岡が訊ねる。
「無粋だな、お前は」
染岡の唇の寸前で顔を止めた風丸が、可笑しそうに呟く。
染岡の輪郭を指でなぞると、さも当たり前のように囁く。
「俺はあの人から、お前たちを俺の相手をさせる為に呼んだって聞いてるけど?
ここで待ってればお前達が来るからって。
俺を助けにくるなんて聞いてなかったな」
そう言うと可笑しそうにクスクス笑い出す。
「ああ、もしかしてお前達、ここに自分の意思で来たと思ってるのか?
上手く逃げてこれたと?
…残念だけど俺はおとりだよ。
ここまで来るよう、お前達は誘導されてたんだよ。
この一番エイリア石のパワーを得やすいこの部屋にね」
妖しく笑みを浮かべる風丸に染岡は改めてぞっとする。
自分の知っている風丸はこんな仲間を陥れる真似の片棒を担いだりは絶対しない。
どんっと目の前の風丸を突き飛ばす。
「お前誰だ!?
エイリア石って、お前あいつらの仲間になっちまったのかよ!?
お前は俺達の仲間だろ?違うのかよ!?」
「仲間だよ。
…正確にはこれから改めて仲間になるんだけどな」
床に倒れた風丸が艶然と笑う。
「お前達は俺と一緒にダークエンペラーズってチームになるんだ。
誰にも負けない、地上最強のチームにね」
風丸がゆらりと立ち上がる。
立ち上がる瞬間、風丸は力を入れたようには見えなかった。
ぞくりとする程余計な力の入っていない所作に、染岡は更に風丸に何か不吉なものを感じた。
「なあ、染岡。
今でも俺を連れて逃げたいか?
ここにいれば誰にも…、そう、豪炎寺や吹雪にも負けない力が手に入るのに?」
その言葉に一瞬、そう一瞬だけ染岡の返事が遅れる。
「当たり前だろうが!?
さっさとここから帰ってお前を正気に戻してやる!!」
その一瞬の遅れを目敏く風丸は見抜いていた。
染岡の言葉ににっこりと笑うと、最初は自分に入っていたグロテスクなバイブを半田から抜き取る。
「これ、なーんだ?」
バイブの電池カバーを外すと、そこから小さなとある物を取り出し、染岡に見せる。
「それはっ!」
それは鎖の鍵。
染岡達が必死に切ろうとしていた鎖から簡単に逃れることのできる鍵だった。
「なあ、これから俺とゲームをしないか?
ルールは簡単。
俺からこの鍵を取ることができたらお前の勝ち。
あの人は俺がお前達と遊んだ時間の分だけ俺を可愛がってくれるって言ってくれたけど、それは諦めてお前達と一緒に帰るよ。
制限時間は俺がお前をイかせるまで。
な、簡単だろ?」
当然やるよな?
挑戦的な風丸の顔が、そう言っている。
短気な染岡がその挑発に乗らないわけが無い。
「簡単じゃねぇか、やってやるぜ!」
ハンっと鼻で笑うとジャージの上を脱ぐ。
くるくると手首を回し、簡単なストレッチを始める。
ルール上、有利なのは自分だ。
染岡は自分の勝利を確信していた。
風丸が狙ってくるのは自分の性的な部分だけ。
そこを庇いながら、あとは力ずくで鍵を奪えば自分の勝ちだ。
一緒にトレーニングしている経験から、自分の方がパワーで勝ると知っているからこその自信だった。
ちらりと風丸を見ると、嫣然とベッドに腰掛けている。
「いくぜっ!!」
その一声と共に駆け寄り、風丸の鍵を持っている手を狙い、自慢のキック力で蹴りあげた。
風丸に多少の怪我をさせてでも鍵を奪うつもりで蹴ったその攻撃は、座ったままの風丸に、その足を易々と掴まれてしまう。
無造作に掴んだその足を払いのけると、染岡はぶんっと吹っ飛ばされる。
床に激しく撃ちつけられた染岡は痛みよりも驚きで言葉を失う。
自分の渾身の蹴りが子供扱いされたのだ。
以前の風丸だったら考えられないその力。
「すごいだろ?
これがエイリア石の力だ。
俺でさえこんなすごいパワーが出るんだ。
お前なんてなおさらだろうな」
肩を竦めて風丸が言う。
染岡の心を擽るように。
「どうする?
今の俺に力業は通用しないぞ」
余裕の表情で床に倒れたままの染岡を見下ろした。
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