4



「半田、半田、半田ああぁぁ!!」

染岡がいくら名前を呼んでも、半田はもう振り返ることは無かった。
風丸が与えてくれる刺激に犬のように従順で、それ以外のものは一切目に入らない。
屈辱的な体勢にも諾々と従う。


そんな姿から、影野が辛そうに目を逸らした途端、マックスが突然笑い出す。

「あっはっはは。
ボクこーんな馬鹿なこと一抜けた〜。
そもそもさぁ、フォークで鎖が切れる訳ないじゃん?
そんなの大昔の脱獄囚じゃないんだからさ。
馬鹿馬鹿しくってやってらんないよ」

手に持っていたカッターナイフを放り捨て、そんな当たり前のことを今更言い出した。
もっと早くに提案すべきだったと言わざるを得ない。


「第一風丸はここでも十分楽しいみたいだし?
むしろ一緒に連れて帰ったら怒るんじゃない。
風丸置いていけば、あの三人は一人ずつおんぶすれば大丈夫だし、さっさと帰ろ」

「本気で言ってんのかっ!?」

染岡が憤ってマックスの胸倉を掴む。
至近距離で二人は睨み合った。


「本気だよ?
風丸も大切だけど、ボクは自分の方が大事だからね。
残りたければ染岡は残れば?ボクは止めない。
だから染岡もボクのこと止めないでね」

そう言うと染岡の手を振りほどき、影野の腕を掴んだ。


「行こ、仁」

腕を掴まれ立ち上がったものの、影野は逡巡するように染岡を見る。

「ほら、早く!」

影野なら自分の言葉に従順に従ってくれると思い込んでいたのか、迷っている影野の様子に焦れたようにマックスが叫ぶ。


「何を焦ってるんだ?」

それまで半田の相手をしながら、肩越しに傍観していた風丸の声が響く。
その声にマックスの体がギクリと強張る。
だがそれを悟られぬよう、マックスはすぐに風丸を睨みつけた。


「マックス、俺が怖い?」

半田を弄くる手を離さずに、風丸がマックスを見て妖しく目を細める。

「誰が!?」

すぐさま言い返すマックスに風丸はあくまで優美な微笑みを崩さない。


「じゃあ怖いのは、俺相手にこんなふうに腰を振っちゃうことかな?
 …お前の後ろにいる影野がさ」


目を見開いたマックスを見て、風丸がくすりと笑う。


「図星…だろ?」

「ちがっ!」

マックスの鋭い否定の声が飛ぶが、カッと瞬間的に朱の入った顔は図星だと物語っていた。


「お前いつも我が侭の振りして影野を自分の傍から離れないようにしてたもんな。
気配を消すのが上手い影野のこと、いつもどこにいるか確認しなくても知ってただろ?」


風丸が今まで秘めていたであろうマックスの恋心を歌うように暴いていく。


「違う、違う、違う!」

マックスは顔を赤くして首を大きく横に振る。


「ほら、そんな風にお前が言うから影野が戸惑ってるぞ」


その言葉にはっとして、マックスは自分の後ろにいる影野を見る。
目が合うと、影野がマックスから一歩遠ざかる。
影野にとってはただの一歩でも、マックスにとっては途轍もなく遠く感じるその一歩。
たった一歩なのに、その瞬間にマックスの時が止まる。
一歩でもそれは自分から「遠ざかる為」の一歩だ。


「マックス、…本当なの?」

困惑したように影野が訊ねると、マックスの止まっていた時間が動き出す。


「違うっ、違うよ!?仁!
ボク達、親友でしょ?友達として大事ってことだよ!?
だからそんな風にボクを見ないで!!
お願いだからっ!!
・・・ボクを、ボクを嫌わないで…ッ!」

顔をくしゃくしゃにして、マックスは影野の腕に縋り付いた。


「マックス…」


そんな風に自分に縋るマックスに影野はどうしていいか分からない。
その言葉を素直に信じられる程疎くもなく、マックスの背を抱き寄せることの意味も理解している影野は、それをできない。
それでも影野はマックスが大切だった。
恋愛対象として見たことは無くても、一番大切な親友に変わりない影野は、マックスの手を振りほどくこともできない。


「仁…」

自分を受け入れることも、跳ね除けることもできずただ立ち尽くす影野を、マックスは一番近くで見ていた。
もう元のような関係には戻れないのを感じながら。


「一度割れてしまったグラスは、綺麗に貼り合わせても水が漏れてしまう」

「え?」

風丸の呟きにマックスが影野の腕を掴んだまま振り返る。
風丸は笑っていた。
…ほんの少しだけ悲しそうに。


「もう元に戻らないなら、我慢することはないんじゃないか?
無理に修復せず思いっきり破壊してしまえば。
目の前にある壊れてしまった一番大切なものを」


それは悲しみにくれるマックスの心を惑わすには充分だった。
影野の腕を掴む手に力が篭る。


「マ、マックス?」

怯えたように影野がマックスの名前を呼ぶ。
でも、マックスにはそんな影野の声は届かない。


「何をしても手に入らないなら、力ずくで手に入れるしかない。
なあ、マックス?」


風丸の誘惑の声しか耳に入らない。
心が暗い方へと引き摺られていく。


「相手が目の前にいる今しかチャンスは無いぞ?
これを逃せば、影野は永遠にお前の物にはならない。
逃げてしまうその前に、さあ!」


風丸の声がマックスの中でだんだん大きくなる。
促す言葉に、マックスが弾かれたように動き出す。


「仁!!」


自分より大きな影野をいとも簡単にマックスが引き摺り倒す。
咄嗟に出たその力はマックスの執念を感じさせた。
いつも影野の顔を守るように覆い隠している髪がはらはらと床に舞う。


「仁が悪いんだよ?
ボクはただ仁が好きなだけなのに」


上から覆いかぶさり、手足の自由を奪う。
こんな状況なのにすごく辛そうなマックスが悲しくて、影野は自分の目の前にあるマックスから目が離せない。
お互いが悲しみで支配されたまま見つめあう。
自分の上から突然降ってきた涙に影野が目を顰めた瞬間にマックスがその瞳に顔を寄せる。
自分の瞼にマックスの唇を感じて初めて影野の中に恐怖が生まれる。


「…い、やだ。
こんなのは…こんなのは、いやだ!
俺、逃げたりなんかしない。
ずっとマックスと一緒にいる。だから…ッ」

叫びながら、マックスの下で身を捩る。
どんなに叫んでも、今のマックスには届かない。
お互いがお互いを必要としていても、違えてしまった道はもう交わらない。


マックスと影野共に脱落…。


 

prev next

 

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -