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「あ〜、ほらそんな緊張しなくても俺が付いてるから大丈夫だって」
「うー、そんなこと言ったって〜」
俺は今、土門と一緒に部室の前に来ている。
こんなにも部室に入り難いのは、
円堂と木野しか居ないサッカー部に入部しようって思った時以来だ。
「絶対、俺の傍から離れないでね?」
「はいはい、お姫様。傍に控えておりますよ」
俺が土門の袖をぎゅっと握ると、冗談めかして土門が肩を竦める。
でも目は優しい色を湛えて細められている。
うっし、大丈夫!土門もいるし、大丈夫!
普段どおり、普段どおり。
俺は一回深呼吸してから、気合を入れるようにもう一度掴んだ手に力を籠める。
でも俺が力を籠めた瞬間、背後から響いた声に、
俺のちんけな気合なんて一気に霧散してしまう。
「…土門」
・・・う〜、後ろから来るなんて反則だろ!?
俺は背後から響いた一之瀬の声に、どきりと心臓が跳ねる。
土門の袖を掴んだまま、どうしていいか分からない。
逃げ出したいのに、前はドアだし、後ろは一之瀬が居るしで、どこにも逃げられない。
「土門、土門」
どうしていいか分からない俺は、縋るように土門を見上げる。
見上げた顔は困ったなって顔で、
俺と目が合うとその顔が大丈夫だよって笑みに変わった。
「半田は先に着替えてて。
少ししたら部室に入るから、その時は俺が先に声を掛ける。
今回は不意打ちだっただけで、大丈夫だから落ち着いて」
土門はそう言うと俺の背中を押した。
文字通り「後押し」って感じだった。
「う、うん」
逃げたかった気持ちを後押しされて、俺はすぐ部室のドアを開ける。
そして、一度も一之瀬の方を振り返る事無く部室に入ったのだった。
「ちーっす」
俺が着替え終わる頃、やっと部室に響いた土門の声。
明るい土門の声は、隣に一之瀬がいるって俺に合図を送ってる。
スー、ハァー。
俺はさっきみたいに深呼吸を一度する。
今度は大丈夫と覚悟を決めてから、後ろを振り返る。
俺に向かってにっと笑う土門。
・・・と、一之瀬の頭。
うん、大丈夫。
俺は一之瀬の綺麗にセットされた頭の上の方を目の端に捉えても、
「ぼんっ」とならずに土門に笑い返す。
「遅いぞ、土門!俺、先行くな」
「へいへい、元気で宜しいこって」
土門はやる気無さそうに後頭部を掻いたのに、
横を通り過ぎる時、さり気なく俺にウィンクをして寄越した。
だからかも知れないけど、一之瀬の近くを通ったのに、
また「ぼんっ」ってならずに済んだ。
なんだか「土門作戦」は俺の勝ちになりそうな予感がした。
その日の練習の最後は、スタメン中心の連携練習で、
俺は影野とグラウンドの周りを走りながら、その様子を眺めていた。
それは本当にいつもどおりの練習風景で、
始まる前に凄く心配していた俺はいつものように練習が無事終わりそうで、
安心して影野と雑談する余裕さえあった。
だから、影野の言葉を聞くまで自分でも気づいていなかった。
・・・気を抜いちゃ駄目だってことに。
「あっ、今の壁山と栗松の連携見た?
あれ、この前からDF皆で考えてたヤツなんだ」
「えっ、俺、見過ごした。どんなの?」
「ほら、その前に鬼道が土門を抜いたでしょ?
それのフォローを壁山と栗松でするのに、どれだけ早く出来るかを考えた技なんだ」
「あれ?土門抜かれてたっけ?」
「ああ、ゴメン。
半田、見てなかったんだ。
俺も余所見ばかりしないで真面目に走らないと駄目だよね」
そう言って、影野は前を向き少し走る速度を上げる。
それと反対に俺の速度は落ちていく。
だって気づいてしまった。
自分が見ていたのはスタメンの練習風景なんかじゃ無かったってことに。
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