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「アイツ、俺が自分の中の恋心を持て余してる最中に死んじまってさ。
まあ本当には死んでなかったんだけど、その当時は知らなくて。
俺の目の前で撥ねられて、病院に運ばれてそれっきりだろ?
PTSD?トラウマ?
病院には通ってなかったからなんて言うか知らないけど、
ご他聞に漏れず、俺の心も大分イカレチマッタって訳。
今まで以上に一之瀬の事しか考えられなくなっちまった。
で、親が心配して環境を変えようって事になって、日本に戻って。
帝国に進学が決まった時は怖かったなぁ。
ほらあそこ男子校だろ?
また男を好きになるんじゃないかってね。
それこそサッカーの上手い格好いい男なんてあそこには沢山居たし。
でも、それは杞憂だった。
俺には男でも女でも、一之瀬ぐらい好きな奴なんてずっと出来なかった。
あ〜…、多分今も。
それなのに今は一之瀬に対して恋心なんて、これっぽっちも抱いてないの。
不思議だろ〜。
自分でも不思議だもんな。
ただ、死んだって思ってたアイツと生きてまた逢えた時、
俺の中の恋心は死んじゃった。
ずっと悩んでた事や欲望や、いろーんな感情が消えちゃった。
俺ん中に残ったのは、ただ一之瀬が生きてるって事実だけ。
もうさ、アイツが生きてるってだけでなんかいいやって思えるんだよ。
まあ出来れば?
アイツが生きて夢かなえて、幸せに暮らしてくれればもっといいとか思うけど、
例えアイツが不幸になっても俺が隣に居て一緒に苦しんでやろうって思うしね。
だからさ、本当に心から一之瀬の恋を応援してんだよね、俺。
ただ、半田が悩む気持ちも痛いぐらい分かるから無理強いはさせたくないんだよね。
だからベストは半田が今の悩み以上に一之瀬の事を好きになってくれる事だな。
ま、そーゆー事だから宜しくね、半田ちゃん」
長々と自分の過去を飄々とした口調で語った土門は、
最後に笑いながら俺を覗き込んできた。
俺は何も言えず、その胸にしがみ付いた。
「どわっ!弁当落ちるって、ほら」
土門が慌てたように俺の弁当を庇ったような動きをする。
でも、俺は土門の制服をぎゅっと掴んだままだったからよく分からない。
もしかしたら俺のやけに緑色の多い弁当は落ちたかもしれない。
「どもん〜」
俺はそんな事お構い無しに土門に縋りつく。
土門の告白が、今の俺の悩みとなんかシンクロしちゃって、
悲しいだけじゃなくて、
土門が悩んでる俺の為に話してくれた事が嬉しくて、
・・・ただ泣いた。
「土門、土門」
「分かったから泣くなって。
ほらこんなとこ一之瀬が見たら誤解するぞ。
あっ、それとも俺の方が好きになっちゃった?」
土門の胸をぐりぐりしながら泣く俺を土門はからかいながらも、頭を撫でてくれる。
俺はまた胸がいっぱいになって、土門を見上げる。
「…土門。俺、…俺ね」
「ん?」
――ここまで親身になってくれる土門に、俺の「秘密」を全部言ってしまいたい。
土門の秘密を聞いておいて、自分の秘密は隠したままなんて卑怯じゃないのか。
そう思えて、俺は土門を見た。
にこやかな土門の顔。
たぶん土門なら俺の「秘密」を広めるようなことはしない。
それどころか今以上に親身になってくれるのは間違いない。
でも、でも…。
「もし、俺が一之瀬の事、す、好きになったとしたら、
…聞いてほしいことがあるんだ」
結局言えなかった。
臆病な俺は自分からそれを口にする事は出来なかった。
少しでも言えば、自分で反転世界を認めるようで。
だから俺はそれだけを言った。
もし、一之瀬の事が好きって認められるようになったら、
俺はたぶん反転世界も認められるようになっているかもしれない。
その時は土門に俺の「秘密」を全部知ってもらいたいって思った。
今日の土門みたいに「実はこんなだったんだよ」って明るく話せればいいって。
「おう!そん時はお祝いで何でも聞いちゃうよ」
土門は俺と約束をすると、
また俺の頭をぐりぐりと掻き混ぜた。
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