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「おー、やっぱ誰もいないな」
土門が部室のドアを開けながら呟く。
「んじゃ、半田君の恋愛相談でも聞きますか」
部室のテーブルに購買のパンを置きながら、土門がパイプ椅子に座る。
俺は、これから話す内容を思うと、なんとなくその前に座るのが照れくさくて、
円堂のタイヤに腰掛ける。
「なぁー、一之瀬の告白、受けるかどうか決まったか?」
土門は袋をごそごそと漁りながら、俺の方を見ずに聞いてくる。
俺はというと、いきなりの剛速球のストレートに弁当を開ける気にもなれない。
「…受ける訳ないだろっ!」
俺が少し怒った声で答えると、土門がきょとんとした顔で俺の方を見てくる。
「あー…、そんな簡単に決めちゃって大丈夫?
後になって後悔しないか?」
しかもなんだか子供に言い含めるような言い方で聞いてくる。
「後悔ってなんだよっ!?」
だから俺もついつい怒った声で言い返してしまう。
「だって半田も一之瀬の事好きなんでしょ?」
でも土門は至極当然な事のようにそんな事を言ってくる。
・・・なんだよ「半田も」って。
なんだか凄い誤解が生じている気がする。
「…好き、なんかじゃない」
噛み締めるように俺が言うと、途端に土門がにやにやした顔で言ってくる。
「そう?」
「絶対、違う」
「すぐ真っ赤になるのに?」
「…違うったら、違う」
「それに気付かれてないと思ってるだろうけど、すっごいドキドキしてるよな?
胸んとこ押さえてるから、実はバレバレだって知ってた?」
「違うってば」
「…ここには俺しか居ないんだから、素直になれば?」
それまでニヤニヤとからかう口調で言っていた土門が、
急に全部分かってるって顔で優しくそんな事言い出すから言葉に詰まる。
「それを話したかったんじゃないの?半田は」
黙ってしまった俺からまた購買部のパンに視線を戻した土門が、
俺を見ないまま促すように言ってくる。
・・・くっそぉ、なんで土門はこんなにも人の気持ちに敏感なんだよ。
今、自分の気持ちを素直にぶちまけたいって思った事も、
でも少し気恥ずかしくって見つめられたままじゃ嫌だなって思った事までお見通しで。
俺が話しやすいように目線まで逸らしてくれるなんて。
・・・もう、俺、話すしかないじゃん。
俺はパンを食べ始めた土門に向かって、重かった口を開く。
「…自分でも分かんないんだ」
「うん」
ずずーっと紙パックからコーヒー牛乳を飲む音と、短い返事。
聞いてないって感じなのに、しっかりと聞いてたって分かるタイミング。
嫌になる程、優しい土門の声。
やばい、止まらなくなりそう。
「一之瀬といると、一之瀬の事しか目に入んない。
一之瀬の声ばっかり聞こえて、一之瀬のことしか考えられない」
「うん」
「すぐ頭ん中一之瀬の事でいっぱいになっちゃう」
「うん」
「…でもそれが凄く嫌なんだ」
土門がこっちを見てなくて良かった。
こんな恥ずかしい告白に泣きそうな顔。
それなのに止まらない俺の口。
そのどれもが土門に見られたくなかった。
「今までの俺なら、そんな事考えなかった。
そんな風に絶対ならなかった。
それなのに、ただ一之瀬が傍に居るってだけで、
今までの俺と全然違う自分になる。
こんなの絶対普通じゃない。
俺、普通のままで居たい!
普通じゃない俺なんて、俺じゃない!!」
男の俺は、至極普通の男子中学生で。
俺の中に普通じゃない部分なんて一つしかない。
俺の一之瀬への想いが普通じゃないなら、それは即ちそういうことだろ?
――一之瀬への想いは、もう一つの反転世界への入り口。
もう、あんな嫌な事だらけの反転世界なんて絶対嫌だ。
俺は、土門がこちらを向いたとしても顔が見えないように覆い隠す。
「俺、一之瀬の事…好きかもしれない自分が死ぬ程嫌いだ」
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