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「はーんだ」
結局久しぶりだというのに、朝練をサボってしまった俺は、
朝早い誰も居ない教室でウダウダしていた。
そう文字どおりウダウダ。
机の上に臥せって、ただ一之瀬の事を思い出しては、身悶えて、
ドキドキしたり怖くなったりを繰り返していた。
そうこうしている間に最初は誰も居なかった教室にも、だんだん登校してきた奴らが増えてきた頃、
朝練帰りの土門から声を掛けられた。
「…あ〜、土門」
顔を上げると、何故か土門はニヤニヤしていて気持ち悪い。
俺が朝練をサボった理由を聞きにきた訳では無さそうだ。
案の定、土門はニヤニヤしながら部活とは全然関係ない事を訊いてきた。
「なあ、一之瀬に告られそうになって逃げたんだって?」
・・・は?…こ、告?
「はあ!?」
俺は思わず立ち上がり、大きな声で土門に聞き返してしまう。
だって、…こ、告られる、とか意味分かんないし。
「あれ?気付いて無かったんだ。
一之瀬自分で言ってたぜ?
『好きだって言おうとしたら半田が真っ赤になって逃げてった』って」
「し、知らないって、そんなの!!」
俺は頭をぶんぶんと左右に振って否定する。
「そう?
なあなあ、一之瀬になんて言われてお前逃げちゃったの?」
興味津々って感じの顔で土門が聞いてくる。
う〜、なんでそんなの土門に言わなきゃいけないんだよぉ。
しかもそんなん覚えてないし。
一之瀬が傍に居て、すっごい優しい声で話してきて、
もうそれだけでテンパって、触るなって言って、それで…。
「『半田に触れたい』って…」
俺がぼそっと回想してた事を思わず口にしてしまった瞬間、土門はにや〜って思いっきり面白がる顔をする。
「えっろ。
一之瀬、告白前に本能だだ漏れじゃん。
いや〜流石一之瀬、畜生だね。
そりゃ半田も真っ赤になって逃げるわ、うんうん」
「だから違うって!
俺が一之瀬に触るなって言ったから…!」
なんか一人で納得している土門に俺は慌てて否定する。
だってさっきのは告白なんかじゃないし、全然そういうのじゃないのに。
「うっわ、一之瀬その前にもう半田にセクハラしてたのか。
もはやケダモノだね、こりゃ」
うんうん、そりゃ告る前に撃沈するのは当然だって一人で納得している土門に、
俺がもう一度否定しようとした時、少し呆れたような笑い声が響く。
「まだ撃沈してないし。
それに俺はケダモノじゃなくって紳士だよ、土門」
「お、一之瀬」
「やぁ☆」
指二本を立てて、一之瀬は顔の横で振る。
「いーや、話聞いた限り、お前は十分ケダモノだ。
付き合う前に触る宣言とか、セクハラとか本能に忠実過ぎだって。
マジで早く逃げたほうがいいぞ、半田。
…って、えー…」
一之瀬に向かってからかう顔で話していた土門が俺の方を向いた途端、
本日二度目の唖然とした顔で口ごもる。
それもそのはず、なんたって俺は本日もう何度目かの「ぼんっ!」の真っ最中だったんだから。
「あー…、ごめん本当にまだ撃沈してないみたいだな」
「でしょ?」
俺の机の前で、申し訳無さそうに頭に手をやる土門と、
嬉しそうに笑う一之瀬。
「お前が告る前に逃げられたってのに嬉しそうにしてた意味がやっと分かったよ。
こーいう事ね」
「そう。
ね?半田ってば可愛いでしょ。
あっ、でもオレ限定でこういう可愛い反応なんだから勘違いしないでね」
「へいへい、分かってますって」
一之瀬と土門がなんか話してる間、
俺は下を向いてバクバクいってる胸の所をぎゅっと掴んで呼吸を整えていた。
話なんか全然耳に入れる余裕も無い。
「半田」
だから急に一之瀬に名前を呼ばれて、俺は文字通り飛び上がった。
それこそ三センチぐらい。
慌てて前を向くと、一之瀬が俺の机に身を乗り出している。
十五センチくらいの距離に一之瀬の顔があって息が止まる。
そんな俺を愛おしそうに微笑むと小さな声で囁く。
「好きだよ」
「!!」
それは後から思えば、クラスメイトに聞こえないようにわざと小さな声で囁かれたものだった。
普通の顔で、
普通の様子で、
クラスの奴らに気付かれないように一之瀬が気を使ってくれてたのに、
俺は全然それには気付かなかった。
だって一之瀬の言葉で頭がいっぱいだったから。
好きだよ、好きだよって言葉が頭の中をリフレインしてて、呼吸も出来ない。
顔のすぐ前に一之瀬が居るから、目を逸らしても一之瀬の顔から逃げられない。
もう苦しくて苦しくて、
俺は気付いたら苦しくなる原因を目に入らないようにしていた。
・・・そう、一之瀬の顔を両手で机に押し潰していた。
ごんって一之瀬のおでこが机にぶつかる音で、
自分のした事に気付いた俺は、一気にパニくってしまう。
お、俺ってば何やってんだ。
あうあうと机の上の一之瀬の後頭部と、もう見慣れた土門の唖然とした顔を見つめる。
もうどうしていいか分からない。
「お、お前が悪い!」
どうしていいか分からない俺は更に意味不明な行動に出る。
俺の混乱の原因である一之瀬に向かってそう言い放ってしまう。
咄嗟だったから、かなり大きな声。
クラス中の視線が俺に集まる。
俺は居た堪れなくなって更に叫ぶ。
「一之瀬の馬鹿ぁ!!」
俺はそう叫ぶと、俺に集まる視線を避けるように逃げ出した。
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