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俺は走って、校舎の陰にある木の下まで来て蹲る。
まだ顔が熱い。
心臓もどきどきしている。

俺は自分を落ち着かせようと深呼吸を一回する。
吸って、吐いて。
まだ落ち着かない心臓の辺りをぎゅっと押さえる。


この感覚は覚えてる。

――生理になったあの日、一之瀬に感じたのと同じ感覚。

一之瀬の傍に居るだけでドキドキして、訳も分からず一之瀬の事ばかり気になったあの日と一緒。

・・・もう残ってないと思っていた反転した世界の名残。


ぞくりとした。


やっと生理が終わって、
もう俺は男でしかないはずなのに。
それなのに、一之瀬を見ると勝手にいつもの俺とは違う自分になってしまう。

・・・怖い。

たぶんその違う自分は反転世界の住人で、
嫌なことしかない反転世界なんて死んでも嫌なのに、
一之瀬の傍にいると自然とそうなってしまう。

・・・怖くて堪らない。


俺がどうしていいか分からなくて木の下に蹲っていると、背後から俺を呼ぶ声がした。

「半田」

  どくん

振り向かなくたって分かる。
ふんわりと優しい響きで俺の事をどこまでも甘やかすような声。

――あの日沢山聞いた一之瀬の声。

ああ、もう嫌だ。
一之瀬の声だって思っただけで、心臓が耳の隣にあるみたいにドキドキって煩い。
振り返って一之瀬の顔を見るのが怖くて、俺は蹲ったままだ。

「休んでる間、連絡しなくてごめん。
俺も少し戸惑っていて、ずっと考えが纏まらなくて。
でもさっき、実際半田と会って思ったんだ。
…やっぱり可愛いなって。
もう男とか女とか関係無く、半田が可愛いくて、守ってあげたいって。
だから…あの…、大事な話があるからこっち向いてくれる?」

一之瀬の話している内容なんて、俺はちっとも頭に入って無かった。
ただ、傍に一之瀬が居ることで、狂ったみたいに音を立てる心臓と格闘して、
そんな風に勝手になる事に恐怖していた。

そして後ろから俺の肩に伸びる一之瀬の手の気配に、俺は慌ててその手を振り払った。


「触んな!」

一瞬だけ、びっくりした顔の一之瀬と涙ぐんでるだろう俺の目が合う。
でもそれも一瞬。
俺は見ると勝手にドキドキしちゃう一之瀬から目を背けて、地面を見つめる。


「なんで?
なんで俺は半田に触れちゃいけないのかな?」
俺は拒絶したってのに、一之瀬の声は優しいままだ。

「・・・」

もう、なんでだよ。
せめて怒ってくれたらいいのに。
そうすれば俺だってきっと…。

「もしかしてオレが半田の秘密をバラすと思って警戒してる?」

「そんなこと無い!
一之瀬が居てくれたから俺っ…!」

何も言えないまま俯いていると、突然少し悲しそうな声で一之瀬が訊いてくるから、
俺は反射的に否定してしまった。
嬉しそうに綻ぶ一之瀬の顔。
俺は慌ててもう一度顔を逸らす。

ああもう俺何やってるんだよ。
違う自分になるのが嫌で、一之瀬に近づいて欲しくないのに、
俺が一之瀬の事嫌ってるって思われるのを必死になって否定するとか。
本当、何やってるんだ。


「ねえ半田」

一之瀬が優しい声で俺の事呼んでも、今度は顔も上げられない。
俺が本当はどうしたいのか自分でも分かんない。
たぶん一之瀬の顔見たら、もっと分かんなくなる。

「オレは半田にもっと触れたい」

  どくん

「ずっと半田の傍に居たい」

  どくん

「だってオレ…」

  もう、…嫌だ!

俺は最後まで一之瀬の言葉を聞かずに立ち上がる。
どうしてだか最後まで聞いたら、もう俺は戻れない気がしたから。


「頼むから、俺を男のままで居させてくれよ!!」

俺はそれだけを叫んで、一之瀬から逃げ出した。
もうこれ以上一之瀬と一緒に居たら、自分がどうにかなってしまいそうだった。


 

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