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「なんでなんだよっ!?
オレ、てっきり半田は女の子なんだって思った。
男のふりをしている女の子なんだって。
それを皆に隠してて、それを知ってるのはオレだけで。
泣いてる半田も、オレを頼ってくる半田も、すっごい可愛くて、それで、それで…。
…くっ、なんで本当に男なんだよっ!」
ドンって苛立ったように一之瀬がテーブルに握りこぶしを叩きつける。
あんなに優しかった一之瀬が、
なんで急にこんなに怒り出したのか俺にはさっぱり分からない。
一之瀬がこんなに怒ってるところを初めて見るから、少しだけ怖い。
「そもそもなんで男に生理なんてあるんだよ!?
おかしいだろっ!?」
俺の方をぎっと睨んで言う一之瀬の目は、本当に怖くて、
一之瀬の変わりように泣きたくなる。
「…そんなの俺だって知りたいよぉ」
じろっと睨んだままの一之瀬に、俺が搾り出した答えは半分涙声で、
それがなんだか更に涙を誘ってしまう。
「俺だって、男なのに生理が来てどうしていか分かんないのに、
どうして一之瀬がそんなに怒るんだよぉ…。
さっき、俺と仲良くなれて嬉しいって言ってくれたの、嘘だったのかよぉ…」
何か言えば言う程、声には涙が混じってきて恥ずかしい。
前を見れば、一之瀬だって困ったって顔になってる。
「…お願い、き、嫌いにならないで」
完全に泣いてしまう前に、なんとかそれだけを口にして、
俺は一之瀬から顔を背ける。
もうこれ以上情けない泣き顔を一之瀬に見せたくなかった。
「…嫌いになれないから、こっちは悩んでいるのに」
小さい声で一之瀬が何かを呟く。
顔を背けていた俺は、その声がなんて言っているか聞こえなくて、慌てて振り向く。
「え?」
顔を上げると、その反動で涙がぽろりと零れてしまう。
「ごめんね半田。
今一番大変なのは半田なのに、混乱して八つ当たりなんかして」
そう言う一之瀬は眉の寄った苦しそうな顔で、
もう怒ってはいないものの、まださっきまでの一之瀬とは隔たりがあった。
俺はなんて言っていいか分からず、ただ首を横に振る。
一之瀬はそんな俺を見て、ほんの少しだけ微かに笑みを浮かべる。
「もう帰る?
部活に戻る気分じゃないよね」
一之瀬はそう言うと俺の返事も待たずに部室を出ていこうとする。
「一之瀬」
俺が一度だけ呼び止めると、振り返って言う。
「皆に言ってくる。
…送るから、待ってて」
戻ってきた一之瀬は、無言で俺の荷物を持ってくれた。
荷物を持つ一之瀬の後ろを付いて行くと、何も言わないまま、
俺の荷物をマネージャーの自転車の籠に乗せてしまう。
「後ろ、乗れる?」
部の自転車は立派なママチャリで、後ろには荷台がついている。
一之瀬は俺の方を見ないまま、そう言う。
そう言えば戻ってきてから一之瀬と一度も目が合っていない。
俺は頷いて、一之瀬が跨いだ格好で待っている自転車の後ろに乗る。
「掴まって」
俺が片手だけ一之瀬の服を掴むと、自転車がゆっくりと進みだす。
そこからは俺も一之瀬もずっと道順のことしか話さなかった。
元々あまり仲の良い方じゃなかった俺達は、当然一之瀬が俺の家を知っているはずもなく、
曲がり角の度に、俺に道を聞いてきた。
俺が「あそこのポストの所を曲がった二軒目がうち」って言った後、
一之瀬が初めて道順以外のことを口にした。
「半田はさ、本当に男なんだよね?」
「うん。…俺は男だよ」
「そうか。・・・そっか」
その時、一之瀬がどんな顔してたかは後ろに乗っていた俺からは見えなかった。
ただ一之瀬は俺の答えを噛み締めるように呟くと、自分の髪をくしゃりと掴んだのだけが見えた。
家に着いて向かい合ってしまうと、なんとなく気まずくて、
もう何も話せなくなってしまう。
「じゃ」
「うん」
そんな短い挨拶だけで、一之瀬は自転車Uターンさせてしまう。
「一之瀬」
「うん?」
一之瀬は自転車を止めただけで、こちらの方を向こうとはしない。
「俺、半分は女なんだ」
・・・一之瀬がこちらを向いてなくて良かった。
「『秘密』だけどな」
俺は一之瀬が振り向く前に、後ろを向く。
自分でもなんでこんな事を言ってしまったのか分からない。
こんな自分でも認めていない事を。
ただなんとなく、このまま一之瀬を帰してしまいたくなくて言ってしまった。
――俺の最大の「秘密」を。
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