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反転した世界がまたひっくり返ったら、その世界は元の世界に戻るんだろうか?
…少なくとも俺には、俺の知ってる前の世界と同じになんて感じられなかった。



「早く着替えて来た方がいいよ」

世界の変化にぐらりぐらりと眩暈さえ覚えていた俺に、一之瀬が優しく微笑む。
一之瀬の顔ばっか目がいって、何言ってるか全然頭に入ってこない。

「あっ、それともここで着替える?
オレ、外に出てるね」

何も言わない俺に、一之瀬は色々と気遣ってくれる。
俺が返事をしないまま、勝手に部室を出ようとして俺に背を向ける。

…嫌だ!

咄嗟にそう思ってしまった俺は、一之瀬の背に手を延ばす。
…でも、その服を掴む前に手が止まってしまう。

・・・触れて、いいのか?

さっきまであんなに簡単に服を掴んでいたのが今では信じられない。
これだけで、凄く躊躇してしまう。
でも、悩んでいたら一之瀬は行ってしまう。
一之瀬がドアノブに手を延ばした瞬間に、俺もえいって気持ちで一之瀬の服を必死の思いで掴む。

急に服を掴まれて、びっくりした顔で振り返る一之瀬。
それでなくても顔赤いってのに、そんな顔されたらもっと顔が熱くなる。


「…行かないで。
俺まだ、『いい』って言ってない。
俺がいいって言うまで傍に居てくれるんだろ?」

なんて酷い俺の言い訳。
でも咄嗟に出た台詞はそれだった。
もう一之瀬の反応が怖くて顔なんて上げれない。
沈黙が痛い。

俺は必死に次の言い訳を探す。


「あのさっ、俺、これの使い方分からないんだ。
…だから一緒に考えてくれる?」

俯いたままの俺の目に一番に入ってきたのは、一之瀬が買ってきてくれた生理用品だった。
それを前に持ち出し、なんとか引き止めた言い訳として取り繕う。

「えっ?あっ、…うん」

袋を少し下に降ろすと、戸惑った表情で頬を赤くしている顔が、俺を労わる微笑みに変えていく一之瀬がいた。



俺と一之瀬はテーブルの上に品物を広げた。
男にとっては未知の世界だ。
専用の女物の下着とかパッケージから取り出すのだって躊躇してしまう。
それでもなんとか全部開封して、少ない知識とパッケージを頼りに使い方を考える。

俺はずっと恥ずかしくって手ばっかり見ていた一之瀬の顔をちらりと見る。
うんうん唸りながら、
「たぶんこれをこうするんだと思う」なんて困った顔で言っている一之瀬は、
やっぱり格好いいところなんて一つもない。
普段の方が颯爽としていて絶対格好いい。

それなのに何故か、俺の心はぎゅうって痛いくらいに締め付けられてしまう。

・・・なんで?なんでなんだよぉ。

俺は自分自身でさえどうにもならない心の動きに、困惑していた。


そんな時、うんうん唸って考えていた一之瀬がこっちを急に向くからドキっとしてしまう。

「多分さっきので合ってると思う。
これで大丈夫だよ」
そう言って、俺に笑う一之瀬にまたドキってしてしまう。

そんな風にいちいち一之瀬にドキってしてしまう事も、
一之瀬に見惚れてて全然一之瀬の話を聞いてなかった事も、
全部がなんか自分でも馬鹿みたいで、そんな自分に腹が立つ。


「…ありがとっ」
苛っとしてしまった俺は一之瀬から奪うように、セットされた下着を受け取ると、
横を向いただけで、その場で自分の汚れたユニフォームを下着毎下ろした。

「ちょっ、は、半田ぁっ!?」

「男同士なんだからいいだろ」

戸惑ったように声が裏返った一之瀬を、すぱっと俺は切り捨てる。
どうしてだか、いつもより男らしく行動したかった。

「えっ!?」
でもまたすぐに一之瀬が戸惑った声を上げる。

ん?俺、変なこと言ったかなと思って、脱ぎながら一之瀬を見ると、
何故だかびっくりして俺の裸を見ている。

「そんなに凝視されると恥ずかしいんだけど…」

まさかこんなに凝視されると思ってなかった俺は、やけになって一之瀬の前で脱いだことを少しだけ後悔していた。
素早く新しい下着を着けて、その上からジャージを身につける。
着替え終わって、ちらりと一之瀬を見るとまだ俺の方を凝視している。

・・・もうやだっ。
なんでだかドキドキが止まらない。


「な、何?」
俺はいつまで経っても俺から視線を外さない一之瀬に、
どうしていいか分かんなくて少し視線を避けるように体を捩って訊ねる。

「…なんで、ついてるんだ」

「は?」

恥ずかしそうな俺のことなんか全然気付かない一之瀬が低い声で呟く。
しかもまだ俺の体を凝視してるし。

「…なんでちんちんついてるんだ」

「えーっと…」

なんでって言われても、男だからとしか言いようがなくて困ってしまう。


「なんでだよ!?半田は女の子のはずだろ!?
男に生理なんてあるはず無いのに!
なんでなんだよ!?」

でも困惑している俺をさらに無視して一之瀬が叫ぶ。
俺が少し前まで泣き叫んで拒絶していた内容と全く逆のことを、
今更のように認めないと大声で言い出したのだった。

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