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ドアの開く音にびくりとして顔を上げると、入ってきたのは真っ赤な顔の一之瀬だった。


「あー、恥ずかしかった…!」
ドアに寄りかかってそう呟くと、
一之瀬が出て行った時と変わらない姿で泣いていた俺の方へとやってくる。


「ただいま」
ふんわりと笑って俺の髪を撫でてくる。

「…一之瀬」
涙腺の決壊している俺は、たったそれだけでまた新たな涙が浮かんでくる。

「…一之瀬ぇ」

・・・一之瀬が傍にいる。

たったそれだけで心がこんなにも安心してしまう。

ほんの少し前、元の世界では部活の中でも、あまり仲が良い方じゃ無かったのに、
反転した世界の中では唯一人の、俺が安心して縋れる人物になっていた。


また俺が涙を浮かべながらきゅっと服の裾を掴んだのを見て、
一之瀬は眉を困ったように下げたのに、でも何故か口元は嬉しいって感じで上げる。

「一人にしてゴメンね。もうどこにも行かないよ」

「…本当?」

「ああ。半田がいいって言うまでずっと傍にいる」
そう言うと手に持っていたスーパーの袋にしては濃い色のついた袋をテーブルに置くと、
両手を前に広げる。

「おいで」

えっと…これはあれだよな?
『俺の胸で泣け』的な。
俺、間違えて…ないよな?

俺はおずおずと一之瀬の方へと一歩踏み出す。
すると一之瀬の方から俺を胸の中へと納めてしまう。
くっついた体がすごく熱い。
それが俺の為に走ってきてくれた証拠みたいで、
嬉しくなって俺はもっと自分の体をくっつける為に一之瀬の背に手を回す。


「大丈夫だよ、半田。
変化は怖くなんか無い。
だって半田が生きてるって証拠だよ?」

俺は一之瀬の肩に顔を埋めたまま、一之瀬の言葉をぼんやりと聞いていた。
俺の髪を撫でる一之瀬の手が気持ちいい。

「それに、オレは半田の変化が嬉しいんだ。
こうやって仲良くなれたし」

そう言う一之瀬の声は本当に嬉しそうで、俺はぼんやりと変な奴って思ってた。
こんないきなり泣き出す奴と仲良くなれて喜ぶなんて、一之瀬は変わってる。

でも、それが嫌な訳ではなく、俺は背中に廻った手にきゅっと力を込める。

「はっ、半田!?」

なんか急に声が上擦ってるし。
・・・本当、変な奴。
変で、…でも優しい手を持っている。


「俺も。
…俺も一之瀬と仲良くなれて、嬉しい」
俺が肩に顔を埋めたまま呟くと、一之瀬の体がびくりと強張り、俺を抱き締めていた手が緩む。

「ありがとな、一之瀬」
少し体を離して、俺は一之瀬をまっすぐ見つめる。

一之瀬が居なかったら、こんなにすぐ落ち着くこと出来なかった。
多分ずっと泣いたままで、部活の全員にバレていた。

でも今、俺は泣きやんでいて、一之瀬以外の誰にもバレていない。
それは多分一之瀬が傍に居てくれたから。
一之瀬が俺の我が儘を受け入れてくれたから。

「ありがとう」って言葉じゃ足りないぐらいの事を一之瀬は俺にしてくれた。


でも俺が一之瀬にそう言うと、一之瀬はすぐ俺から目を逸らしてしまう。
そして少し固い動きでテーブルの袋を取る。

「い、いや、別に大した事はしてないよ。
オレが半田の為に何かしたかっただけだし」
少し顔を赤くして、その袋を俺に差し出す。

「はい、これ」

「…何、これ?」

袋には色が付いていて中身が外からは見えない。
俺が袋を受け取りながら訊ねると、一之瀬は赤い顔のまま俺に微笑む。

「必要だと思って」

袋の中を覗き込むと、そこには生理用品一式が入っていた。
男子中学生が買うには、少しばかり勇気が必要な数々。
さっき真っ赤な顔で帰ってきた一之瀬の姿が甦る。


「…これ、お前が買ってきてくれたの?」
なんか堪らない気持ちになってしまって、そんな当たり前の馬鹿な質問してしまう。

「うん?」
下を覗きこんだままの俺に一之瀬が優しく訊ね返す。

「買う時、恥ずかしかっただろ?」

「少しね」
俺の質問に、一之瀬が苦笑気味に答える。

「でも半田の為だから。
店員さんに『妹が急に初めて生理になってしまって泣いてるんです』って言ったら、全部用意してくれたし」

そう言って大丈夫って笑う一之瀬は、少し恥ずかしいのか頬が赤くて、
いつものスマートで格好つけてる一之瀬より全然格好悪いのに、
なのに、なのに、
俺は、
俺は…、


痛いくらい心臓が締め付けられてしまった。
そうそれは自分でも怖くなるくらい…。


そうして俺はまた世界が反転するのを感じた。

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