3



「俺っ、俺っ、…せ、生理なんて、嘘だっ。
こんなの、こんなの俺、どうしていいか分かんないよぉっ」
俺は床にしゃがみ込み、子供みたいに泣き出してしまった。

少し苦手な一之瀬の前だとか、
その一之瀬本人は急に俺が泣き出しておろおろとしていることとか、
俺の「秘密」の事だとか、全部頭の中から消えていた。

ただ、自分に初潮が来たって事実に打ちのめされていた。




俺には生まれつき普通の男には無い部位が一箇所だけある。

でも、それ以外は普通の男となんら変わり無かったし、
今まで少し発育は遅いけど男としてちゃんと成長してきた。
男としてしか成長してこなかった。
親でさえ声変わりの時にほっとしたように
「普通の男の子で安心した」
って言っていた。


だけど今、生まれて初めて女の部分が成長して。

俺の男としての人生に、疑問符が付いた。
ぐらりと世界が反転する。


「嫌だっ、こんなの嫌だっ!
俺、生理なんて要らない!絶対嫌だっ!!」
俺はその反転した世界を認められない。

目を塞ぎ、耳を押さえ、首を振って、泣きながら拒絶する。


「落ち着いて半田」
全身でその世界を拒絶していた俺の体を、ふわりと何かが包み込む。
びっくりして動きを止めて目を開けると、
そこには俺を心配そうに覗き込む一之瀬がいた。

「初めてなの?」

「・・・」
目が合っても何も答えられない俺に、一之瀬が今まで聞いたことも無いぐらい優しい声で訊ねてくる。

「秋、呼んで来ようか?」
俺は声も無く、首を横に振る。

「じゃあ、保健室行く?」
また首を振る俺に、一之瀬の眉が困ったように下がる。

「でも、どうにかしないと…。
服汚れちゃうよ?」
駄々っ子の様に全てをただ拒絶する俺を責めることもせず、
一之瀬は俺を気遣う言葉を掛けてくれる。

でも、
それでも…。


「…誰にも知られたくない」
俺は一之瀬の服の裾をきゅっと握る。

反転した世界を受け入れられない俺は、この事実を他の人に知られたくなかった。
他の人に知られて、反転世界が当たり前の世界になるのが嫌だった。


ずっと無言だった俺が小さな声で言ったその一言に、
一之瀬は微かに溜息をつく。

「そっか。…分かった。
じゃあ少し待ってて。すぐ戻ってくるから」
そう言って一之瀬は俺の肩をぽんと叩く。

「えっ、どっか行っちゃうの?」
俺は一之瀬の服を掴んでいた手に力を込める。
反転世界は何もかもが手探りで、心細くて堪らない。
一人になんてなりたくない。

「大丈夫だよ。
ちょっと必要な物買ってくるだけだから」
一之瀬が安心させるように、服を掴んでる手に自分の手を重ねる。

声がすっごく優しくて、俺を労わる気持ちが伝わる。
本当は離したくなかったけど、一之瀬をそれ以上困らせることが出来なくて仕方なく手を離す。
離した途端、一之瀬は自分のロッカーからジャージの上と財布を取り出す。
壁に掛けてあるマネージャーの自転車の鍵を取ると、俺に近づいてくる。


「そんな顔しなくてもすぐ戻ってくるから」

俺の髪を撫でるように触った後、ジャージを羽織ると部室を出ていく。
部室を出たと同時に一之瀬が走り出すのが、ドアが閉まるまでの少しの間に俺の目に入ってきた。
風に翻る一之瀬のジャージが、また涙が溢れてくるぐらい嬉しかった。

prev next





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -