25
「はいっ!はんいんよーってなんだ?」
円堂が元気に手を上げて訊ねる。
なんだか言葉が全部平仮名で聞こえるのは気のせいかな?
「半田の体は男性と女性の性質を兼ね揃えているんだ。
外見上どちらかに分類出来ない」
「えっ?んーっと…??」
鬼道が説明しても円堂の頭上に浮かんだハテナマークは消えないままだ。
円堂だけじゃなくほとんどの後輩達の頭の上には同じものが浮かんでる。
「あー、もうっ!
やっぱ下見せるのが一番早いって!」
まどろっこしい鬼道の説明に俺はスカートの下のボクサーパンツに手を掛ける。
でも、それはその場に居る全員の反対にあったので中止した。
特に鬼道なんか殴って止めた。
くぅ〜、さっきと違って今度の拳骨は本気だな。
俺が蹲って痛みに苦しんでいると、鬼道がまたこほんって咳払いする。
「女性陣が居るから赤裸々な言葉は使いたくなかったんだが仕方ない。
要するに胸もあるがチンチンも生えてるということだ」
「そう、穴もちゃんとある」
鬼道の言葉を補足してやったってのに、俺がそう言うと鬼道はまたゴーグルを光らせてくる。
うう、そんな怒らなくたっていいじゃんか。
俺が密かにいじけてると、鬼道は俺の首根っこをぐいって引っ張る。
やべっ、拗ねてたの気づいたかな?
「ただ詳しい事はあまりよく分かっていない。
一口に半陰陽と言っても人によって様々なのにコイツは何度言っても検査に中々行かないからな」
うう、また怒られた。
「だってどこも痛くないのに病院なんて行かないだろ、普通」
「馬鹿っ!
そもそも普通は男に生理が来たら何を置いても病院に駆け込むものだっ!!」
「うっ!で、でもかーさんだって生理なんて病気じゃないわよって言ってたし…」
「それで済む問題かっ!
…はぁっ、もういい。今度お前の家に直談判に行く。
似たもの家族と言う事が判明したからな」
鬼道は大きな溜息を吐いて、掴んでいた俺を放す。
それからもう一度皆に向かって口を開く。
「本来だったらもっとちゃんとした形で俺達の関係を公表したかった。
隠さずとも済むようにしてから皆に言いたかったんだ。
だが、自らの手でバレるような事をしたんだ。
何も言う事は無い。
雷門、折角の文化祭に不祥事を起こして済まなかった。
ただ俺にも半田にも悪気は無かったし、少しやり過ぎたかもしれないがれっきとした正当防衛だった事はわかって貰いたい」
「そのようですわね。
偽物の胸と本物の胸ではまた問題が違ってくるもの」
鬼道の言葉に雷門が重々しく頷く。
そしたらいきなり円堂が鬼道の肩を組んでにかって雷門に笑いかける。
「なあ、鬼道を許してやれよ。
俺だってお前が痴漢されてたら鬼道みたいに正義の鉄槌くらわしちゃうかもしんないしさ。
そしたら俺のは本物の正義の鉄槌だからもっと問題になっちゃうな!
なんたって素手で殴っちゃうってことだもんな、ハッハッ」
「!!」
円堂は爽やかに笑ってるけど、一気に空気固まったしこれって問題発言だろ!?
えー!えー!?だってつまりそういう事だよな!?
雷門なんか顔真っ赤になってるし、反対に他の子はちょっと青褪めてるし!
あまりの空気の悪化に風丸が笑ってる円堂の腕を引く。
「おいっ、円堂」
諌めるような風丸の声も円堂は気にせず風丸の肩を叩く。
「勿論、風丸が痴漢されてても俺が助けてやるって!
半田以外は全員俺が担当な!」
ふぅーっ、なーんだそういう意味か。
一気に軟化した空気に、その場に居たほとんどの人間は安堵した。
うん、まだまだサッカー部から二組目のカップルが誕生する日は遠そうかも。
雷門もしゅーっと何かが抜けた顔をして小さく笑う。
「そうね、半田君は被害者なのに責めるような事言ってごめんなさい。
それから鬼道君。
隠さなくていい方法が私の考えているとおりなら、その時は私に相談して。
半田君はうちの高等部に進学予定でしょ?」
「ああ、その時は頼む」
雷門の提案に鬼道が頷くと、なんだか急に女の子達がそわそわしだす。
「そういうことですよね?」
「そういうことよ!」
「うわ〜、素敵!」
三人でなんか盛り上がってる。
ん〜?なんかそんなそわそわするような話してるか?
鬼道と雷門が相談するって話のどこにテンション上がる要素があるっていうんだ。
当事者の俺にさえさっぱり分からないって言うのに女の子は全員分かってるみたいで何やら相談している。
どうやら話が纏まったみたいで、木野が代表して、さっきの鬼道みたいな咳払いをしてから話だす。
「えー、コホン。
あのね、今女の子達で相談したんだけど、鬼道君と半田君はもっとちゃんとしてから公表するつもりだったんでしょ?
だったらちゃんと準備が整うまで私たちも二人の事は内緒にしておこう!
二人の関係も半田君の体の事もサッカー部の中だけの秘密。
誰にも言わないで、もし他の人にバレそうになったら皆で助けてあげるの!
ね、そうしよう?」
木野の言葉に男連中は戸惑いながらも、皆約束してくれる。
えっと、これは知ってる人が増えただけで今までと何も変わらないって事なのかな?
「お兄ちゃん!
皆で秘密を守るんだから、早くちゃんとしないと許さないから」
音無が腰に手を当てて鬼道に詰め寄ってる。
なんだかちょっと前に見た光景に似てる。
でも、今度はしどろもどろにならず鬼道はきっぱりと言い切った。
「ああ、勿論だ。
その日が来るのを一番待ちわびているのは俺だからな」
こうして俺だけがさっぱり意味の分からないまま、秘密は秘密のまま皆に守られる事になったのだった。
▼