21



俺の悲鳴とほぼ同時にサッカーボールが凄いうねりを上げてオッサンの腹にのめり込む。
その凄まじい勢いを受け止めきれずオッサンがどうっと後ろに弾け飛ぶ。


「死ねっ!この変態がっ!!」

その言葉と共に鬼道が振り上げた足をとんと小さく音を立てて床に下ろした。
それがまるで合図になったみたいに俺の目にじんわりと涙が涌いてくる。
鬼道の姿を見た瞬間に、それまでの緊張が一気に解けたみたいだった。


「…鬼道っ!」

「半田っ!」

俺は鬼道目掛けて走り出す。
鬼道も泣きそうな俺をがっちりと抱き止めてくれる。
鬼道の暖かな胸が俺を安心させていく。


「あっ、アイツ、俺の胸、ちっ、ちっちゃいって!
顔に似合う貧乳だって言って、ぎゅーって…!
俺っ、俺っ、お前にだってあんな風に乱暴に触られた事無いのに…っ!!」

「大丈夫、もう大丈夫だ半田。
変態は既に滅んだから安心していい」

鬼道の指が俺の後頭部を落ち着かせようと優しく撫でる。


「きどおぉ〜、気持ち悪かったよぉ〜。
ふぇっ、吐くかと思ったぁ〜」

その指が優しくて、俺は思いっきり鬼道の胸に泣きついた。
嫌いな奴の手に触られるのがあんなに気持ち悪いって初めて知った。
鬼道以外に触られたのが初めてって訳じゃないけど、
染岡相手の時だって嫌だってだけで、あそこまで気持ち悪くは無かった。

思わず俺の胸に食い込んだアイツの指の感触を思い出し、ふるりと震えてしまう。


「すまなかった…っ!
もっと早くお前を助けるべきだった!」

まるで俺の震えを抑えようとしてるみたいに、俺の背中に回った鬼道の腕の力がぎゅっと強まる。
自分を責める鬼道の声が、心の底から後悔で溢れていて俺の心まで締め付ける。


「ちがっ…違うっ!
鬼道が悪いんじゃないのに…っ」

「半田…」

俺が顔を上げると、鬼道の顔が更に辛そうに歪む。
多分俺の顔が涙に濡れてるせいだ。
鬼道が責任を感じる必要なんてないのに。
悪いのは全部、あの変態オヤジなのに!

俺は鬼道の顔にそっと両手を添える。
鬼道の顔を俺の方に向けてから、笑顔を作る。


「鬼道。…助けてくれて、ありがと」

「ねえ、いつまで抱き合ってるの?」

ん?
今なんか会話が噛み合って無かったような…?
俺が頭を捻っていると、今度は俺の肩を誰かが叩いてくる。
くるりと、俺はその手の方へと振り向く。
勿論手は鬼道の顔に添えたままだから、鬼道の顔も一緒にそっちを向く。


「あっ、やっとボク達の存在思い出した?」

猫耳マックスが顔の前でにっと笑う。

「……」

あまりの事に現実を受け入れられない。
でも、目を擦っても瞬きしてもマックスは消えてくれなくていつまでもニヤニヤとムカつく笑いを浮かべたままだ。

「アレ、まだ視界に入ってない?おーい、戻ってこーい」

マックスがニヤニヤしながら俺の顔の前で手を振る。


「うわああっ!」

俺達は一気に飛びのく。

うう、本当に現実だった。
だって有り得ないだろ?
ここが教室で周りに皆が居るって事を「忘れる」なんて!
しかも「鬼道と二人で」!!

周りを見渡すと、当然ながら皆が皆、俺達の方を見ている。
その殆どが唖然とした顔で、その半分近くが顔が赤くなっている。
しかも何故かあんなに居たお客の女の子が一人も居らず、サッカー部員の姿しか見えない。


「あっ、…あの、お客は?」

恐る恐る訊ねると、腕を組んだ雷門が不機嫌そうに答える。

「速やかにお帰り頂きました。
こんな不祥事、公になったら大変ですもの」

うう、怖いなぁ…。今日は髪の毛縛って凛々しい格好してるから余計おっかない。

「どうしてこんな暴力事件に発展したか説明してもらえるかしら?鬼道君」

「せっ、…正当防衛だっ」

あ、鬼道も動揺してるの隠せてない。
机に手を突いて、もう片方の手で顔下半分隠してそっぽ向いてるけど耳が赤くなってるの隠しきれてない。
その鬼道の姿にちょっときゅうんとしてしまった俺は慌てて鬼道のフォローにまわる。

「そうだよ!!セクハラしてくるアイツが悪いんだろっ!?
助けてくれた鬼道は全然悪くないぞっ!!」

「そうね、そもそもセクハラが起きた事事態が不祥事なのよ。
なんで半田君だけ胸に詰め物なんてしているのかしら?
自分で用意したんですの?」

の、のぉぉぉ〜…。
これ、肯定したら俺ってただの女装好き?女装マニア?
類まれなる凝り性って事にはならない?
…ならないですよね。ひ、否定したいよぉ〜。

ちらりと鬼道に助けを求めると、未だ鬼道は顔真っ赤状態で顔を背けていた。
・・・それだけ外野を忘れてたって事実が堪えたのかな?
…うん、恥だもんな。
俺だって恥ずかしいんだ、鬼道なんか一生の不覚とか思ってるのかも。

しかも俺が鬼道し視線を投げたせいか、今度はマックスがニヤニヤしながら質問してくる。


「ねえ!なんで半田はわざわざ鬼道に抱きついたの?
カメラマンの目金が目の前に居たよねえ?」

「…鬼道はドレッドにゴーグルだから遠くに居ても目立つんだよっ」

なんとか巧く言い逃れできたと思ったのに、マックスの質問攻撃は連続技だった。

「えー、もっと目立つ壁山が近くに居たじゃん!
壁山、ちょうど目金の手伝いしてたし」

くっそー、何でよりによってそんな傍に壁山居んだよ!

「…黒板が保護色になって見えなかったんだ」

「へー!保護色ねぇー。
壁山、今度かくれんぼする時は黒板の前に立てば保護色で見つからないかもよー」

うう…、自分でも厳しい言い訳だって分かってるからそんな風に馬鹿にしなっくってもいいじゃないかよ〜。

「しかも咄嗟に目立ってたってだけの理由で鬼道に抱きついた割には随分長い間抱き締め合ってたよねー。
それにさー、ボク達がお客の誘導したりとか真二屋監督の様子見たりとかしてるの気づいて無かったよねー。

 …ねえ、なんで?」

マックスが誤魔化しを許さぬ変な迫力で質問してくる。
大きい目が目力を余計アップさせてる。

雷門もさっきから俺達を厳しい目で睨んだままだし、サッカー部員全員が俺達二人を囲んでいる。
密かにあわあわしている染岡と我関せずの豪炎寺を除いた全員が俺達を追及するように見つめてくる。


「お兄ちゃん!サッカーボールなんてどこから出したの!?
皇帝ペンギン3号をどうやって一人で撃ったの!?
それから半田先輩との関係はどうなってるの!?
私たちに分かるようにちゃんと説明してっ!!」

代表するように音無が腰に手を当てて迫ってくる。


うう、これって絶体絶命!?



   

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