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「お待たせしました!」

俺は意を決してその秋葉名戸の監督の前に商品を置く。
俺が置いた瞬間、監督の手が緩んだらしく影野が一瞬の隙をついてぴゅーっと逃げていく。
暗幕の所まで逃げるとすまなそうに影野が俺を振り返る。
そんな影野に俺は大丈夫って伝わるように力強く頷く。


「あーぁ、影野君行っちゃったなぁ。
折角親密度上げて素顔見ようと思ってたのに」

秋葉名戸の監督が暗幕の奥に消えてった影野の姿を見つめながら残念そうに呟く。

げ、さっき手を握ってたのは親密度を上げる為だったのか。
あんなので親密度が上がるんだったら痴漢は全員めちゃモテだっつーの!
そもそも素顔見せイベントなんて実際には起きないって!
まったくどっかのエロゲじゃないんだから、いい大人が本気にすんなよな。

俺が呆れていると、秋葉名戸の監督はじろじろと俺の事を上から下まで見てくる。
げーっと思いながらも影野みたいに手を掴まれる前に逃げようと、すすすっと後ずさる。
一歩、二歩、後ずさった所で体がぴたっと動かなくなる。
ん?と思って見ると、
いやあああ、このオッサンちゃっかり俺のスカートの裾、握ってるううう!!

逃げる事も叶わず、俺は冷や汗だらだらでこのオッサンの動向にひやひやしてしまう。
だってさっきはスカート捲られてもパンツ見えるだけとか思ったけど、よくよく考えてみたら相当上の方まで捲られて茶巾みたくされたら俺のおっぱい見えちゃうじゃん。
しかも今日は鬼道のキスマーク(総数3)付き。
それが全部このオッサンが今掴んでるスカートを更に上にするだけで御開帳になってしまう。

俺が固唾を呑んでオッサンを見守っていると、俺の心配を余所にオッサンは何かを閃いたみたいにぽんっと手を打つと、俺を指差してくる。


「新米ドジっ子メイド!」

「はっ?」

「違った?じゃあ、ツンデレ妹系メイドだ。今度こそ当たりでしょ?」

・・・また、これか。
秋葉名戸の監督が何を言わんとしているのか理解した俺はうんざりとしてしまう。
なんだって秋葉名戸の連中は人をキャラに当てはめなきゃ気がすまないんだろう?
キャラが薄いって言われてるみたいで、嫌なんですけど。
俺は苛々としながらもそれ以上変にいじられて凹む前に答えを言ってしまう。


「普通メイドです!」

「普通かぁ!そっか、ナルホドねぇ!」

俺の答えに秋葉名戸の監督はやけに食いついてくる。
おっかしいなぁ、俺の予想だと野部流達みたいに興味を無くすと思ったのに。
監督は再度俺の事を全身眺めてくる。
しかも今度はうんうん頷きながらだ。

・・・何これ、キモイんですけど。


「これ、うちの部員達が何か特別に指導したの?」

「…服借りただけですけど?」

「じゃあ全部君一人で!?」

俺の答えに監督が驚いて聞き返してくる。
え?俺、何かした?
普通メイドって言われて、極普通にしてただけなんだけど?
訳が分からなくてドキドキしていると監督は何故か感激したみたいで、俺の肩を叩いてくる。
あっ、裾掴んでた方の手だ。ラッキー!これで逃げられる。

「君、名前は?」

名前教えるぐらいで逃げれるなら安いものだ。
俺は喜び勇んで答える。

「半田です。半田真一!」

俺はそれだけを叫んで、さっきの影野に習って暗幕の奥に駆け込んだ。


俺が裏側で先に逃げていた影野とお互いの無事を表に聞こえないように静かに祝っていると、宍戸がまた俺を呼びにくる。

「半田先輩、今度は写真の指名です」

その宍戸の申し訳なさそうな様子に、俺はたちまち喜びが萎れてしまう。

「…アイツ?」

「…そうです」

案の定秋葉名戸の監督で、げんなりする。
あー、名前教えなかったら指名出来なかったかも。失敗した…。


俺が重たい足取りで表の方に戻ると、例のオッサンは既にニコニコと写真コーナーで俺を手招きしてた。

「半田君!」

おまけに俺の名前まで呼んじゃってる。
俺が渋々秋葉名戸の監督の隣に立つと、オッサンは俺の肩を抱いてくる。
ひえええ、ちょっ、何すんだよこのオッサンはぁ!!


「君、やっぱりイイよ!
どこから見ても普通!普通の女の子のメイドに見える!!」

・・・え?
オッサンの腕を退かそうとしていた俺は思ってもいなかったその言葉に思わず固まる。

「このままうちのメイド喫茶で働いても多分お客さん、君が男の子って気づかないよ!!
日本一の男の娘と評判の風丸君でさえ、やっぱりどこか違和感があるのに君には不自然さが全くないよ!!素晴らしい!!」

固まった俺の前で秋葉名戸の監督が俺がどれだけ素晴らしいかを得意げに力説する。


やっ…どうしよ…、このオッサン声でかい。
絶対この教室に居る人間全員に聞こえてる。
…俺が、俺だけが違和感なく女の子に見えるって。

でもどうやってこのオッサンのベラベラ動く口を止められるか思いつかない。
体だけじゃなく頭まで固まってしまったみたいで何も思い浮かばない。
俺は困って、教室に目を遣る。

一瞬で教室の隅に居る鬼道と目が合う。

険しい顔して事の成り行きを見ていた鬼道と、助けを求める俺の視線が一瞬で交錯する。
それだけで鬼道が俺の方へと一歩足を踏み出す。

ああ、これで鬼道が助けてくれる…!

――そう思った瞬間、鬼道の助けよりも前にオッサンの手が俺の胸を鷲掴みにした。


「しかもこの胸のサイズ!
変に巨乳にするというありがちな失敗を犯さず、自分のキャラに合わせた敢ての貧乳!!
ちっぱいの良さを理解してるとは君、若いのに見所あるよ!!」

言葉に合わせてオッサンの手が俺の胸を揉みしだく。


「きゃああああああっ!!!」

そうして俺の絶叫が教室中、いや学校中に木霊した。

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