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教室を区切っている暗幕の切れ間から見えた鬼道の姿に目が釘付けになる。
今日は文化祭二日目。
雷門中は二日目は一般公開日になってるから教室の中には色とりどりの制服を着た女の子達が沢山来ている。
鬼道は注文の品を届けた直後に、他のテーブルの知らない制服を着た子から声を掛けられている。

・・・何話してるんだろう?
一緒に写真撮って欲しいって頼まれてるのかな…?
それとも…。


「半田君!」

ぼうっとそんな事を考えてたら急に名前を呼ばれたからびくっとしてしまう。

「半田君零れちゃうよ?」

久遠の声にはっとして慌てて傾けていたペットボトルを元に戻す。
やっべ、もう少しで売れ筋の「爽やかな新緑色の純情」(緑茶)を零すとこだった。
ふーって安堵の溜息を吐いた俺に久遠がくすくすと笑って訊いてくる。

「どうしたの半田君、さっきからぼうっとしてるね。
疲れちゃった?」

・・・疲れたっていうか。

俺はなんと言っていいか分からずたははって笑って誤魔化す。


確かに疲れたと言えば疲れている。
慣れない立ち仕事で昨日は一日立ちっ放しだったし。
終わった後は、…まあ、その、アレだったし。
夜も夜で盛り上がっちゃって、…その、まあ、アレだったし。
そりゃ気絶までしちゃった前回(今回の事で無かった事になった前回の事ね)と違って、動けないって程じゃないけど違和感が無いわけじゃないし。

でもそれは全部嬉しい疲れっていうか、疲れているけどツライわけじゃない。


――流石に鬼道との距離感が掴めなくってなんて言えないよな。


昨日も文化祭の浮かれムードに鬼道との距離感が曖昧に感じたりしたけど、今日は余計だ。
昨晩学校に泊まっちゃったせいか今学校にいるのに気分はまだ恋人の延長線にある。
だってさっきまでここでイチャイチャしてたのに今は駄目とか、そんなの急に切り替えられない。
周りは知らない子ばかりで俺は女の格好までしてるのに、それでも駄目とか気持ちがついていかない。

朝も一旦荷物を受け取りに学校を出て、別々に改めて登校したんだけど、いざ教室で鬼道に会ったら変に意識しちゃってどうしていいか分からなくって結局無視してしまった。
ギクシャクしてる自分が嫌で今日は朝からずっと裏方の仕事ばっかしてたのに、ちょっと鬼道の姿が見えただけで意識が持ってかれちゃうし。


俺はもう一回ふーっと息を吐いて自分の胸の辺りを服の上からぎゅって握る。
今は服で隠れて見えないけど、そこには赤い三角形がある。
隠していても無くなった訳じゃない。
・・・だから大丈夫!


「お客さんいっぱいだし、ぼーっとしてる場合じゃないよな。
俺、おにぎりの補充に行ってくる!」

俺はぐっと伸びをして久遠に言う。
夢中になって働いてたらあっという間に放課後になる。
そう思って、俺は教室を飛び出した。


雷門中の文化祭では出す食べ物は既製品か、先生の監督下で作った物しか認められていない。
俺達も飲み物は既製品ですまして、食べ物は家庭科室でまとめて作ったものを教室に運んで出している。
ちなみにメニューはサッカー部恒例のおにぎりオンリー。
俺は家庭科室でせっせと一人で作った大量の「サーモンピンクのときめき」(鮭)と「甘酸っぱい青春時代」(梅)を抱えてメイド喫茶に戻ってくる。


俺が裏方側のドアを開けた途端、栗松が俺を指差してきた。

「あー、どこ行ってたでヤンスか!?
半田先輩さっきからご指名入ってるでヤンスよ」

まだおにぎりのいっぱい入ったトレイを持ったままだというのに、栗松は俺の腕をぐいぐい引っ張る。

「おい、そんな急がせるなって」

俺が慌てて机にトレイを置くと、それさえ待てないと言った感じで栗松がジタバタと足踏みしてる。
何をそんなに急いでるんだ?
そんな思いが顔に出たのか、栗松は俺の手を引っ張ると暗幕の前でこっそりと耳打ちしてくる。

「すーぐベタベタ触ってきて気持ち悪い客なんでヤンスよ。
全員確認するまで帰らないとか意味不明な事言ってるでヤンス。
半田先輩で最後なんで早く行ってきて下さいでヤンス!」

げー、なんだよそれ!
そう思った瞬間に商品の乗ったトレイを少林から手渡される。

「俺も服捲られました!
先輩が居ないからってさっきから影野先輩がずっと相手してるんですよ。
早く行ってあげて下さい!!」

服、捲っ、捲ったぁ!?
少林の言葉に俺は思わず下顎がかくんと下がる。
だって今日はワンピースのメイド服だから捲られても色気の無いパンツ見られるぐらいだけど、普段だったら服なんか捲られた日にはまんま致命傷だ。
そんな事する相手に今から商品を届けなきゃいけないなんてぞっとする。
でも俺の代わりに影野が犠牲になってるなんて聞いたら逃げるわけにもいかない。

俺はごくりと生唾を飲み込んでから暗幕をくぐる。
背後で栗松と少林が小さく「ファイト!」って言ってるのが聞こえる。


問題の客はすぐ分かった。
女の子だらけのお客の中、一人太った成人男性が一人で、でーんと陣取っている。
たしかあれは秋葉名戸のスイカばっか食ってる監督だよな。
そして傍には手を握られて困惑顔の影野。


うう、俺、やっぱり逃げてもいいかなぁ!?

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