17
「あー…、やば、すっかり暗くなってる」
鬼道に後ろから抱すくめられて部室の窓から見上げた空は、もう随分と高い位置に月がある。
今、何時ぐらいなんだろう…。
文化祭が終わったのが4時で、それから大体…。
俺は窓から月を見上げたまま後ろに居る鬼道の胸にすりって頬擦りする。
帰りたく…ない、な。
なんか…鬼道と離れたくない。
って、そんなの俺の我侭だよな。
早く帰らないと親だって心配するし。
明日も文化祭だし。
そう頭では分かっているけど、素直な体はあと少しだけって鬼道の腕の中からちっとも動こうとしない。
「今日は離したくないな…」
俺が一人早く帰らなきゃって葛藤していると、鬼道がぎゅって俺の方へ体を縮めて呟いてくる。
上を向いてた俺と、眉根の寄ってる鬼道と至近距離で目が合う。
「…すまん、困らせるような事を言った」
俺のびっくりした顔を勘違いした鬼道が謝ってくる。
もうっ、そんなんじゃないのに、そんな勝手に傷ついた顔すんなよ。
「ううん!今、俺も同じ事考えてたっ!」
ばって鬼道の方を振り向くと、鬼道が一瞬だけびっくりした顔をしてから仕方ないなって顔して笑った。
そうだよ、こんな事ぐらいで嬉しくなっちゃうんだもん仕方無いだろ?
鬼道は俺の頭をくしゃりと撫でてから、悪戯を仕掛ける子供みたいな顔で口を開く。
「このまま二人で学校に泊まってしまうか?」
「ッ!」
びっくりした。
鬼道がこんな事言い出すなんて。
「泊まるっ!俺、朝まで鬼道と一緒に居たいっ!!」
俺は鬼道が取り消すかもしれないと思って息せき切って鬼道の手を握る。
だってこんな嬉しい事、変なところで真面目なとこのある鬼道は正気に戻ったら絶対取り消すに決まってる。
「どーする、どーする?このまま部室に泊まっちゃう!?それともどっか忍び込む!?」
「そうだな取り合えず荷物を取りにいくか。
話はそれからだな」
鬼道はそう言うと俺の手を取り立ち上がる。
「…歩けるか?どこか痛いようなら俺にすぐ言え」
俺を気遣うような、どこか照れたようなそんな態度がなんだかすっごくくすぐったかった。
でも、現実はそこまで甘くは無かった…。
「…おい。…鍵閉まってんじゃねーか」
俺は隣で厳しい顔して腕組みしている鬼道に問い詰める。
こっそり誰にも見つからないように昇降口まで行くとそこは当然のように閉まっていた。
「…誤算だったな」
「誤算だったな…じゃねー!!
どうすんだよ!?荷物教室に置きっ放しだぞ!?
お前は着替えてるからいいけど、俺なんか未だにメイド服だぞ!?
こんなんじゃ逆に家に帰れないじゃないかっ!!」
俺が鬼道の胸倉掴んで揺すると、鬼道が気まずそうな表情で俺の手を払う。
「こんなに遅くなる予定は無かった。
…本当は平静を取り戻したらすぐ戻るつもりだった。
荷物や鍵の事まで考える余裕が無かったんだ!」
ぷいっと横を向いた顔はゴーグルの下の辺りが夜目にもはっきりと赤く染まっている。
もうっ、なんなんだよ!?今日の鬼道は!
普段より素直な鬼道に俺はさっきからキュンキュンしっぱなしだ。
なんかヤバいくらい鬼道の事、好きかも。
これもさっきやり直した初体験(男バージョンNOT卒童貞)効果なのかな?
俺は一応周りに誰も居ないのを確認してからそっぽ向いてる鬼道にきゅって抱きつき囁く。
「なあ荷物はもういいから、早くどっか行こ?」
「…では迎えの車を呼ぶか。
学校は無理でもせめて俺の家に泊まってほしい」
そう言って鬼道が取り出したケータイはチカチカと光っていて着信を告げている。
・・・俺達めちゃくちゃ盛り上がってたから全然気づかなかったみたいだ。
電話を掛ける前に着信だかメールだかを確認した鬼道は、そのまま俺の手を引き学校の裏手に回る。
ぐるりと回ったそこは俺達がメイド喫茶をした教室で、そこの一番後ろの窓に手を掛けると何故か音も無くするりと開く。
「…持つべきものは頼りになる友人だな」
「何々!?なんでここ開いてるって知ってたんだ!?」
マジックみたいに窓を開けた鬼道が不思議で俺は噛り付くみたいに訊いてしまう。
「豪炎寺が俺達の為に鍵をわざと開けておいたらしい。
アイツもこんな形で俺達の関係に気付いていることを明かさなくてもいいだろうに。
アイツにはどこまでお見通しなんだか、空恐ろしいな」
「うわっ…うわぁっ!豪炎寺、かっこいいー!!」
何も言わずにさっとスマートに助けてくれる豪炎寺が格好良くって思わず手を叩いて感激してしまう。
だって俺達が困るだろう事を見越して助けてくれてたなんて中々出来る事じゃないぞ。
でも、俺が豪炎寺を褒めると鬼道がぴくって眉を動かしたから、もうそれ以上言わないことにした。
…なんだよ、自分だって「アイツには敵わないな」みたいな顔してた癖に。
もうっ、本当に今日の鬼道は可愛いぞ。
俺がちょっとヤキモチ焼きな鬼道にニヤニヤしていると、鬼道は先に教室の中に入ってしまう。
そして中から俺に手を差し伸べる。
「お前、今日も宿舎の鍵は持っているか?」
「?うん、いつ何があっても大丈夫なように持ってるぞ」
俺は鬼道の手を取りながら窓の桟に脚を掛ける。
「そうか、ならお前の好きな方を選べ。
・・・暖かでちゃんとした食事の出る俺の家か、寒いが誰に気兼ねする必要もない完全に二人きりの学校。
お前はどちらがいい?」
そんなの。
聞くまでも無いって鬼道だって分かってる癖に。
俺は窓の枠の上から鬼道に飛びつく。
「学校!!」
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