15



鬼道の胸に頭を押し付けた状態で、鬼道が俺の頭を縫い付ける。
鬼道の指が俺の髪の間に滑り込んでくる。


「今のお前は俺が変えたものだ。
この柔らかな髪も、なめらかな肌も、なだらかな胸も、
全て俺が慈しんで少しずつ変えたんだ。
お前の全ては俺だけのものだ…!」


「誰にも、渡しはしない…っ」


はっきり言って俺の腰と頭に回った鬼道の腕は、強すぎて苦しい。
まだ呼吸が整っていないのに顔が胸に押し付けられて息をするのさえままならない。

でも、それ以上に鬼道の悲痛な叫びが胸に刺さって痛い。


俺はまだ力の入らない手を鬼道の背中に回す。
もう鬼道に対する怒りも俺の中に残っていない。


「…なあ、俺、何かした?
お前を不安にさせるような事、したんだろ?俺」

俺は何も思い至らないけど、たぶん、鬼道をこんなにも不安にさせるような何かを俺はしたんだ。
俺にとっての鬼道のゴーグルみたいな本人にとっては些細な事を。

俺の声に鬼道がほんの少し俺を離してくれる。
至近距離に鬼道の辛そうな顔が見える。
鬼道がそんな顔するの初めて見た。
鬼道は俺の言葉に痛そうに顔を顰めると、一旦俺から視線を逸らす。
でもすぐ目線を戻して俺の顔に触れてくる。


「…お前が女の姿で他の男に笑いかけるのを見るのがこんなに辛いとは思わなかった。
女の姿のお前は、俺しか知らない、俺だけのものだ。

それなのに、俺の目の前で他の男が女のお前の存在を知っていく。
俺だけの笑顔なのに、お前は他の男にも惜しげもなくそれを与える。

・・・胸が張り裂けそうだった。

何度お前と他の男が親しげに話すところに割って入ろうとしたか、お前は知らないだろうな」

そう言うと鬼道は俺の頬を撫でながら淋しげに苦く笑った。


…ああ、やっぱり。
鬼道のゴーグルの下の素顔と俺の女の姿は同じなんだ。

――俺達の独占欲の象徴。


俺達の関係は皆に内緒で、
だから女の子達は鬼道に遠慮なく群がって好意を隠さない。
俺はそんなモテないから鬼道がこんなに不安がる心配ないと思うけど、それでも。

何かしらの証拠が無いと不安になるときだってある。


それが鬼道の素顔で、俺の女の姿なんだ。
しかも鬼道は俺が鬼道への想いで女性化が進んでいる事を知っているから余計なのかも。

今日、俺が女の俺を当たり前に受け入れた時、鬼道はどんな気持ちで俺の頭を撫でてたんだろう。
俺が優しいと思った手は、もしかしたらもっと大きな気持ちが込められていたのかもしれない。


なんだか切なくなって、俺は顔をぎゅうって鬼道の胸に押し付ける。

内緒の恋人関係も、
今、鬼道が苦しんでいるのも、
俺のちょっと人と違う体のせいだよな。


ごめん、鬼道。
それに…。

ありがとな、鬼道。


俺はぐりって顔で鬼道の胸を撫でてから、ぱっと体を離す。
この一年で少しずつ身長差のついた鬼道の顔を見上げて笑う。
少しでも鬼道の苦しみが軽くなるように。


「お前さー、俺を勝手にお前のものにすんなよな。
普通に、俺は俺のもの!あったり前だろー?」

俺は鬼道の深い皺を刻んだ眉の間を、少しでも無くなる様に撫でる。


「その代わり俺の全身でお前の事、愛してる。
頭の先から足の爪の先まで、それこそ髪一本に至るまで俺の体はお前への愛でいっぱいなんだぞ?
それで我慢しろよな」

眉間を撫でていた手でぺしって鬼道のおでこを叩く。
そのおでこに置いたままの俺の手を鬼道が掴んで下ろす。
さっきと違って掴まれても全然痛くない。
…優しいいつもの鬼道の手だった。


「…半田」

「うん」

鬼道が俺の顔を覗き込んでくる。
まだ切なそうな顔で俺を見つめてくる。

「…半田!」

「うん」

俺を抱き寄せながら鬼道の手が俺の頭に回る。
大好きな、最初っから大好きだった頭を撫でる手。
それから付き合ってから大好きになった鬼道の口唇。


――ああ、やっぱりいつものキスの方が俺は好きだなぁ。


俺の体に収まり切れなくなった好きって気持ちが、繋がったところから鬼道に伝わって周囲に溢れてく。
俺達の周りに好きって気持ちが充満していく。
俺達の想いで少しずつ空気さえ変わっていく。


キスをしたままシュルってエプロンの紐が解かれる。
それに背中のファスナーも。
俺は背中に直に鬼道の指が這うのを感じ、声が漏れそうになるのを抑えて鬼道を見つめる。


「ねえ、今日は俺の事甘やかしてくれる約束したろ?
俺ね、鬼道にしてもらいたいことあるんだ」

「…なんだ?」

鬼道がお構いなしに肌蹴た俺のむき出しの肩に口唇を寄せる。


「今日は男の俺を抱いて」

ぴたりと鬼道の動きが止まる。

「ここで最後にシた時の事、覚えてるか?
あの時をやり直そ?
俺のハジメテ、もう一回やり直そうよ」

鬼道がばって俺の顔を見てくる。
驚いた顔してるから、ちょっと恥ずかしくなってくる。
…そんな驚くような事言ってるかな?


「男の格好をしている女の俺も、
女の格好をしてる男の俺も、どっちもお前の事が好きなんだ。
だから、さ…」

「今日は男の俺を抱いてほしい」

別に俺から誘うのが珍しい訳じゃないのに鬼道が驚いたりするから顔が火照る。
もしかしたら、いつもより男同士って強調されるから嫌なのかも。
俺は鬼道が驚いた顔のまま何も言ってくれないから、ちょっと口篭ってしまう。


「…嫌だった?」

俺が恐る恐る鬼道に問うと、はっとしたように鬼道が首を振る。


「いや、…そうじゃない」

そう言ってまた鬼道が小さく首を振る。
そしてさっきみたいに苦く笑う。
でも今度は少しも淋しそうじゃなかった。


「お前には敵わないな。
…図らずとも俺の心を軽くする」

「・・・?」

意味が分からず鬼道を見つめると、今度は苦ささえない笑みを俺にした。
鬼道らしい皮肉気でちょっと意地悪な笑顔。


「これ以上俺をお前に夢中にさせてどうする気だ。
一度でも男のお前も抱いてしまったら、もうお前を手放せそうにない。
皆にバレたらお前のせいだからな」

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