14



部室の前に来て漸く鬼道の足が止まる。
校庭の隅にある部室の前まで俺達の跡を継いてきた人は流石に居ないけど、校庭のあちこちから下校途中の生徒達の視線を感じる。
「なんだ、なんだ?」って興味本位の野次馬が沢山俺達を見ている事に気づいていたけど、
それでも俺はこんな事を理由も言わずにした鬼道が許せなくて声を荒げた。


「なんでこんなことすんだよっ!」

鬼道が部室の鍵を開けようとした隙に、掴まれた腕を振り解く。
ぎりっと鬼道を睨み付けると、鬼道の烈火に燃える瞳と目が合う。


――なんでだよ!?その瞳は俺だけのものだったのに、なんでこんな風に皆に見せたんだよ!?


鬼道は猫のように毛を逆立たせて怒る俺を睨んで、その端正な顔を歪ませて舌打ちをした。
あからさまに俺に対する苛立ちを隠しもしない。
それなのに何も言わないまま、すぐ鍵を開ける行為に戻る。


「何とか言えよっ!今、ここでっ!」

好奇の目に晒されている事を承知で俺は怒鳴る。
俺の特別を勝手に踏みにじった鬼道をそれだけ怒っていたし、
それ相応の理由が無ければ到底鬼道を許せなかった。


俺を無視したまま鬼道が鍵を開けようとがちゃがちゃと煩わしい音を立てる。
その音がまた俺を苛立たせる。
鬼道らしくもなくすんなりと鍵が開けられないみたいだ。


「鬼道っ!!」

俺が苛立って鬼道の名を呼ぶと鬼道はまた舌打ちをして俺の腕を掴む。


「…五月蝿い」


その途端ぐいっと部室の中へと引き連り込まれる。


「もう…しゃべるなっ」


やっと俺へ向けられた鬼道の言葉は随分と切羽詰まったものだった。
そして返事をする間も無く塞がれる口唇。


――それはドアが閉まる音よりも早く訪れる。


ぱたんとドアが閉じる音を、俺は鬼道の呼吸を口の中で感じながら聞いた。


誰かに見られたら、と思う暇さえ鬼道は俺に与えてくれない。
普段俺にしてくれる少しずつ俺を蕩けさせる為のゆっくりとしたものとは全然違う。


「…ハッ…んふぅっ…」

ただ奪うだけのキス。


鬼道は俺の口腔から俺の全てを貪り尽くそうとしてる。
俺の舌を絡め捕り、俺の呼吸を封じ、
それでも足りないのかキスはどんどん深くなっていく。
思考力も全身の力も鬼道にどんどん吸い取られていく。


「…はぁっ…ッ……」

ぐにゃりと脚の力が抜けてしまって立っていられなくなっても、
口の端から唾液が零れて折角のメイド服を汚してしまっても鬼道は許してくれない。
腰を抱き寄せられ座ることも出来ずに鬼道に貪られ続ける。


どれぐらいそうして一方的に貪られていただろうか、俺はもう息苦しくって堪らなくなって鬼道の胸をドンドンと叩いた。
鬼道がやっと俺を解放してくれる。

「ハァッ、…ハッ」

鬼道に文句の一つでも言ってやりたいのに、俺は足りない酸素を補うので精一杯だ。
それなのにすぐ鬼道はまた口唇を重ねてくる。


「んっ!…やぁっ…はっ」

まだ苦しくて身を捩って避けようとしても鬼道に押さえ込まれてそれさえ出来ない。


・・・何これ!?俺、こんなキス知らないっ!


俺の知ってるキスとあまりに違い過ぎて頭がくらくらする。

こんな自分勝手で一方的で。
こんな俺の事を奪いつくすようなのより、
いつもの俺の事をゆっくりと拓げていく、愛しい気持ちを与えてくれるキスの方が絶対いい。


それなのに二回の激しいキスは俺から抵抗する気持ちさえ奪っていく。
言いたかった文句さえ何だったか思い出せない。

――ただ、この激しいキスのことしか考えられない。


「…ハァッ…き、どぉ…っ」

もう鬼道に縋っていないと立ってられなくて、俺はぐにゃりとした体を鬼道に凭れ掛ける。
胸にぐったりと頭を押し付けて息を整えていると、鬼道に頬を掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。
俺は最早成すがままに鬼道を見上げる。


「…言え」

「…ん、はぁ…っ?」

昏く燃える瞳で鬼道が俺を射抜く。
俺は何も言えずに荒い息のまま、ただ鬼道を見つめ返す。


「お前は俺のものだと、お前の口から言うんだ」

そう言うと全身の力の抜けた俺をぎゅうっと抱きしめる。


「俺だけのものだと言ってくれ…っ!」


そう耳元で囁かれた言葉は、小さく震えていて俺を困惑させる。

縋りつかないと倒れてしまうのは俺の方なのに、
なんだか鬼道が俺に縋り付いてるような気がした。

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