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「おーっし!!初日おっつかれぃーっ!!」

生徒会の本日終了の放送をバックに円堂がサッカーボール片手に握り拳を掲げる。

「おつかれーっス!!」


その円堂の号令を合図に皆、ほっとしたように椅子に座ったり付属の小物を外したりし出す。
俺も頭に一日中付けてたレースのカチューシャを外してほっと息を吐く。

ほーんと、今日一日想像以上に忙しかった。
ずっと立ちっぱなしだし、お客さん途切れないし。
これから着替えて掃除してゴミ出しして終了か。

あー、それが終わったら鬼道と思いっきりいちゃいちゃしてやる!
今日は甘やかしてくれるって言ってたから、
まず頑張ったご褒美に頭撫でてもらって、それから鬼道が女の子にどれだけモテても大丈夫って思えるぐらいいっぱいチュウして、いっぱいぎゅうってしてもらって、それからそれから…。


ってテーブルの上を片付けながら口には出せない様な色々な事を想像してた。
するといきなり後ろから声もなく腕を引かれた。
想像してた内容が内容だけに、どきっとしながら引かれた方へ体勢が崩れてしまう。
やっべ、俺ニヤニヤしてたかも。

でも、後ろを振り向くとそこに居たのは鬼道で、俺はまたさっきとは違った意味でどきっとしてしまう。
だって俺たちの関係は秘密で、部活の中でもそれぞれ仲が良い相手が違ってて。

それなのに、こんな…。
こんな…。


「円堂、後は任せたぞ」

鬼道は俺の腕を掴んだまま円堂に向かって言う。
俺の方は一切見ないまま。

「おう!鬼道お疲れー」

そして円堂の返事も待たずに鬼道が歩きだす。
走りに近い速度で。
俺には何も言わずに。
まるで俺なんて一緒に居ないみたいに。
でも俺の腕は強く掴んだままで。


俺は早足で歩く鬼道に引きずられるように教室を出る。
教室を出る時、こんないつもと違う俺達を皆がどう思ってるか不安で後ろを振り返る。

円堂はいつもの調子で手を振っている。
豪炎寺は黙々と服を着替えてる。

でも他は…。

他は全員俺達の方を見ていた。
いつもと違う鬼道を唖然とした表情で見ていた。
そんな顔にどんな顔でなんて言っていいか分からず、俺は慌てて顔を伏せる。

その間も鬼道は俺の腕を引いたまま歩き続ける。
掴まれた腕が痛い。


なんだよこれ!?
なんで鬼道は俺に何も言わないんだ!?
俺を連れてどこ行くんだよ!?


前を歩く鬼道は俺と違ってもうメイド姿じゃなかった。
終わってからあの短い時間に着替えて化粧まで落としている。
どれだけ急いだのか鬼道らしくなく制服の襟元や胸元が少し濡れているし、
顔を洗う時に外したんだろうゴーグルが首に掛かったままになっている。


そのせいか廊下を鬼道に腕を引かれて歩く俺達は結構な注目の的になっている。

素顔を晒している鬼道をきゃあって歓声を上げて指差す女の子達。
女の子の歓声に惹かれて「なんだ?」と次々顔を出す人達。

その全ての視線が俺と鬼道に集まっている。


かあっと顔が熱くなる。


確かにさ、「女装して皆に鬼道の彼女宣言してやるー」とか言ったよ?
でもこの「一方的に鬼道に引きずられて衆目の的になっている」状況は意味が分からない。
俺自身でさえ意味が分かっていないのに見てる皆は俺達の事どう思うんだろう。

喧嘩って思う?
鬼道に叱られてどこかへ連れて行かれるところ?

それとも…俺達の関係を邪推する?


「鬼道っ、どうしたんだよ…っ?」

鬼道の速さに足を縺れさせながらも、俺は前を進む鬼道に訊ねる。
それでなくても沢山の視線に意識が逸れてしまって普通に歩いていても転びそうだ。

腕を掴んでいる鬼道にだって俺が何度となく転びそうになっている事は伝わっているはず。

それなのに鬼道は俺が声を掛けても俺の方をちらりと視線を投げただけで何も言わない。
歩く速度さえ落としてくれない。
それどころか俺を掴んだ反対の手で自分の制服から携帯を取り出し誰かへと電話を掛け始める。


俺の耳に鬼道が電話に向かって話す声が聞こえてくる。

鬼道の平坦な声。
事務的な内容と表情の消された横顔。

それはゴーグルの無い秀麗な顔を冷たい印象へと変える。


ゴーグルをしていない顔。
それはいつも恋人の時間に俺だけに見せてくれるものだったのに。
燃えるような瞳も吊上がった目が優しい表情を見せるのも、全部俺だけの特別だったのに。
誰にも、俺達の事を知っている染岡にさえ言っていない、俺だけが知っている鬼道だったのに。

あの子も。
あそこにいるあの子も。
あそこにいる子なんか写メまで撮ってる。


皆がゴーグルの下にもっと、もーっと格好いい鬼道が隠れている事、知っちゃった。


・・・もう俺だけの特別じゃなくなっちゃった。


じわっと視界が滲んできて俺はきゅっと口唇を噛み締める。
そうしないとこんなに大勢に見られているのに泣いてしまいそうだったから。


…俺が泣いても鬼道が立ち止まらなかったらと思うと途轍もなく怖かったから。

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